招待状

2/3
前へ
/17ページ
次へ
そして一週間後。念のためということで簡単な防犯グッズに身を固めた俺たちは言われたバーの前に来ていた。いるのは俺たち二人だけだ。少し待っていると車が止まる。 「乗れ」 簡潔にそれしか言わない運転手に連れられ、行き先をごまかすためか数回車を乗り換えた後、最終的に比較的広い地下にあるイベントホールに連れてこられた。照明は古びた電球だけで部屋を不気味に照らしている。人は予想以上に多く、少なく見積もっても五十人はいるだろう。 「来ていただけると信じてましたよ、お二人さん」 声がしたほうに振り向くと例の知事だった。 「いえ、こちらこそ招待ありがとうございます。ところでこの集会は今まで何回もやっているんですか?」 「少人数では行っていたがここまで大規模なのは初めてだよ。まぁそれだけ今日の議題は大きいことということだよ」 そう言って含み笑いをする知事。 「大きいこと?」 「あぁ、楽しみに待っていてくれたまえ。それまで会場の人と話しているといい。主張を曲げない頑固者が多いがそれだけしっかりした議論ができるだろうよ」 だが頑固者どうし喧嘩になりそうだな。 そんな考えがフラグとなったかのように飲み物を取りに離れた一瞬の隙でキソラは口論をしていた。さすが。 「でもそれはテロリズムだわ」 相手は190㎝はありそうな大男だ。 「例えそうでも、やるしかないんだ。もう時間がない。今夏には国会でハーピー規制法改正案が提出される。来年には米国の一部の州でハーピーによる教育を薦める条例が通過するという話もある。話し合いなどしている暇はない!」 「それでも、テロリズムをすれば確実に私達は民衆から批難される。考えもなしに。何よりそれで関係のない多くの人の命が失われるかもしれない」 「社会の、ハーピーの奴隷となっている連中の命など価値があるか!」 その言葉を聞いた時、キソラの目に火が灯った。そう思うほどの怒りが弾けた。 「あなた、その言葉を覚えておきなさい。けっして訂正することなく、例え改心したとしても自らの過ちとして一生悔い続けなさい。 私達は人を、人間を大切にするために集まった。 私達が大切にしているそれを相手も持っていることを忘れたとき、私達の正義は失墜し、ただの暴徒と化すわ。 人を守る私達が人を傷つけてどうするの!」 大男と女子高生が静寂の中で睨み合う。 会場の大半が注目し、皆がどうしようか戸惑っていると知事が間に入る。 「まぁまぁ。お二人さん。議論が活発になるのは大いに結構だがいがみ合いはよくない。 ところで貴方の主張は社会に我々の主張、考えを知らしめるべきだということですね? そのためにはテロですら辞さぬべきだと」 「そうだ」 「そして貴方はそうであっても無関係の人を傷つけるべきではないと。そういうことですね?」 「その通りだわ」 知事は笑みを浮かべながら胸元から片手ほどの大きさのボタンのような機械を取り出した。 「もし、人を傷つけることなく、政府に大打撃を与える方法があるとしたら、その問題は解決しますよね?」 「あぁ、それはそうだ」と大男。 「方法によるけど、その通り」とキソラ。 「実は今回お呼びした理由の一つはこれの紹介なのです。貴方二人だけでなく皆さんにも聞いて欲しい。 皆様は電磁パルス兵器というものをご存知ですかな?」 でんじぱるす? 聞いたことない。 他の皆も知らないようで首をふっている。 他の皆を見ると年齢の高い人の一部は知っているようだがなぜか不満そうな顔をしている。そしてなぜかキソラも知っているようだ。 「機械のみを破壊する電波兵器。SF小説の産物。」 「ずいぶん博識なお嬢さんだ。しかし知らない人の方が多いでしょう。 これは機密情報も機密、世界中の政府が本気で隠している情報ですから。かつて研究当初は情報も出回っていたがその重大さを政府が認知したとき完璧な封印措置をとった。 ネットで調べるならここに通っている特殊なWifiを使ってください。PHANTOMという名前のやつです。パスワードはZ-hard。決して口外はしないように。海外のサーバーを踏んでいる秘密回線で逆探知不可能になっています」 つまり逆探知されるような検索用語ということか。 「都市伝説ばかりでるわ」 携帯端末で調べると確かにオカルト系の記事が多い。曰く特定の人には害をないが狙った人や機械のみを破壊するという兵器らしい。 政府が秘密裏に所持しており、戦争時の兵器となるだとか。まぁ眉唾物だ。 「まぁ皆さん、気を悪くせずに。そう、電磁パルスとはオカルトの類いとして知られているものです。あるはずのない、与太話だと。 だが実際は違う。 証拠をお見せしましょう。 皆様、いらない電化製品を持って来た方いらっしゃいますな。今からパフォーマンスです。向こうの部屋でその電化製品のみをもって入ってください。扉が対パルス用にできておりますし出力が弱いのでここまでは届きません。誰か、挑戦しますか?」 皆一瞬躊躇するがさすがこんな集まりにくる人々だ。数人が手を上げた。その中には大男もいた。あ、キソラもいる。俺も行くか。 「敷島君は外で知事を見張ってて。からくりがあるかもしれないから」 と、追いかけたらあえなく追い返される。 「で、機械はともかく狙った人の攻撃ってのはどうやるんだ」 と大男はぶっきらぼうに訊く。 「この電磁パルスは実際は機械のみを壊します。特定の人を攻撃できるというのは「らしさ」を出すための尾ひれでしょう。 比較的安価に作れるくせに、社会に甚大な被害をもたらす。人を傷つけないから罪悪感も少なく〝安全〟だ。 どうです? 政府が情報統制したくなる気持ちもわかるでしょう」 「その都市伝説が本物ならな」 大男は態度のわりには慎重らしい。案外、先ほどの過激な意見も感情論ではなく彼なりのビジョンがあるかもしれない。 このような集まりに来てそう思うことが案外多い。今までこんなにも深く考えていた人間に早々会わなかったし、自称考えている人たちの意見も俺は勝手な自分の解釈で取るに足らないと一蹴していた。だが本当に考えていない人間はどっちだ? いままで嗤っていた彼等の意見は実はもっと深く、形のあるものなのかもしれない。 「その機械のスイッチは俺が押していいか? あんたじゃなきゃ無理だというなら譲るが」 「いえ、どうぞ誤作動を防ぐためロックがあるので注意して」 その言葉と例の機械を受け取った大男は訝しげな顔をしながら言われた部屋に入る。 10分もしないうちに彼等は出てきた。ある者は驚き、ある者は喜び、ある者は頭を悩ませていた。 「キソラ、どうだった?」 「本当、かも。私達は無事なのに機械だけが煙あげたりして壊れたわ」 「来月初め、この電磁パルスを大量入荷する予定があります」 大量購入……、目的は。 「そしてもし皆様の賛同が得られれば、来月終わり頃ある作戦を行いたいと思います。それは「北海道独立計画」。 知っている方も多いと思いますが私は北海道知事だ。だが実際なってわかるが知事になっても限界がある。所詮地方など国の下、言うことを聞くしかないのです。 私は約十年前、機械と薬物を妄信して人をシステムとしか見ない連中に呆れ果てこの国を変えようと思った。 もうすでに思考などいらず、これからは深く考えず物事をこなしてゆく術を身に着けるべきだとか給料をすべてハーピーで払えばいいとか言われ、皆の上に立とうと考えるなんてナンセンスという風潮が広まり切っていたから知事になることなどそう難しいことではなかった。だが簡単なだけあってできることが少なすぎた。この「やる気のない」風潮は国が自主的に施行したものではない、「なんとなく」の集合が生み出したものだ。 私ができるのはせいぜい教育をできる限り変えないことくらいだった。未来の希望たる子供たちまでこの病に侵されてしまえばどうあがいても変えられない。止められたかと言われれれば大成功だとは言えないが。 この十年間でたどり着いた結論はこの風潮を止めるには、日本が再び人間らしさを取り戻すには、少なくとも国家規模で抑制策を実行しなければどうしようもないということだ。しかし首相になることは難しい、知事と違って。「やる気のない」人々は変化を嫌う。 新しい考えを引っ提げて選挙戦に挑んだところで深く考えられず面倒くさそうなんて理由で賛成するものなど誰もいない。 ではどうするか。あきらめるのか。 それだけは嫌だった。この考えを持っているということ、現状を直視し嘆くことができるということ、それらは私の教示でありアイデンティティにすらなっていた。そこを捨ててしまえば私はもう人間ではいられない。ただの社会の歯車の一人に堕ちるだけだ。 だから考えた、泥臭く、人間臭く。 これがその結論だ。 北海道は独立する。祖国を救えぬことは嘆かわしいが我々を見て少しでも目覚める人々がいるかもしれない。  具体的な作戦は後日通達しよう。もちろんこの電磁パルスを使った作戦になる。 この作戦は人命が脅かされることなく政府に甚大なダメージを与え、また現代社会の電子機器への依存性を露にすると共にその問題を民衆に問うものだ。 先ほどの議論でもあったが我々にはもう時間がない。 今こそ立ち上がり、本当の人間の力を見せてやろうじゃありませんか!」 知事の演説に多くの人が拍手をする。賛成の野次もあちこちから飛び交う。 だがキソラは悩ましい顔をしていた。予想以上の大事で深く考える必要があるからだろう。俺もそうだ。これは今まで聞いていたものとは規模が圧倒的に違う。 「考える価値は……あるわね」 キソラは慎重に、そう呟いた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加