うそつきホームラン

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 続く二球は変化球だった。宗助は辛うじてファウルにする。その後相手が一球ボールを外角に外した。ワンボールツーストライク。宗助はあくまで直球狙い。真っ向勝負だ。タイミングは合ってきているはず。ボール(だま)に手を出すな。ストレートだけを狙え。宗助は、そう自分自身に言い聞かせた。  五球目を相手ピッチャーが振りかぶる直前に、ピッチャーの眉間に小さな皺が寄るのが見えた。明らかに体に力がこもっている。直球に違いない。  『瑞妃。見てろ』  相手ピッチャーが振りかぶり、腕を振り下ろすと同時に、宗助は打撃の予備動作を始めた。振り遅れては元も子もない。ましてや、向かってくるのは時速百五十キロの剛速球だ。命懸けでこの一瞬を捉えろ……  足元を小さな風が行き過ぎる。観客の声援がぴたりとやんだ。誰かが息をのむ音が聞こえたような気がする。  直後に空気を切り裂くボールの音が聞こえた。低めに抑えられた直球が浮き上がりながらキャッチャーミットに向かってくる。ボールの縫い目が見えた。瑞妃の命がかかった重いボールに違いない。  宗助は、真ん中低めに食い込んでくるボールの中心を、バットで思い切りたたいて振り切った……  渾身の一撃だった。振り切った後、すぐに走り出すという基本的な動作さえ忘れてしまったほどだ。  …………  撃ち返したボールは、高い角度で上がり、見る間に空へと吸い込まれていく。スタンドがどっと沸くと同時に、監督から「宗助、走れ!」の(げき)が飛んだ。相手の外野手がボールを追うのをあきらめて見送る。宗助が駆け出したころには、すでにボールはセンターのバックスクリーンに飛び込んでいた。 .
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