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第3曲【Serenade】♯Opus11
[♯Opus11]
いよいよ演奏会まで二週間を切った。
僕は不安で眠れない日々が続いていた。
なにしろ、あの日の合わせから一週間近く耀と連絡が取れていないのだ。学校にも来ていないし、メッセージも見ていないし、電話にも出ない。どうにもなす術がない。
一体、何をしているんだろう。
どこにいるのだろう。
何か危ないことに巻き込まれているのではないか。
僕がまたあんなことをしたから、離れようとしているのだろうか?
憶測だけが元気に働いて、体も心も疲労がピークに達している。このままでは埒が明かないので、思いきって兄の師匠である校長先生に尋ねてみることにした。会話の様子からすると、校長先生は事情を詳しく知っているような気がする。
放課後、僅かな期待をかけて校長室のドアをノックした。アポイントはとってある。中から、「どうぞ」と返答があった。
「失礼します」
豪華な装飾の扉を開いて部屋に入った。校長先生はパソコンを開き、何か調べ物をしていたようだった。
「…おお、清塚君、よく来たね」
「こんにちは、校長先生。お忙しい中すみません」
「ああ、いいんだよ、久しぶりに君の顔が見られてよかった。どうだ、演奏会の練習は順調かい?」
「それが…」
いきなり本題に入ってしまったけれど、この際臆せず全部話してみることにした。最近耀を学校で見ないこと、メールや電話をしても返事が来ないこと、よって伴奏合わせの日程も立てられないこと、彼と接する間に起きた不安なこと。
話し終えると、校長先生は表情を険しくして腕を組んだ。
「うーん…そうか」
「…はい。兄から音沙汰がないので、僕はどうしようもなくて…」
「そうだよな。私からも耀に連絡をしてみるよ。すまなかったね」
「いえ…」
「それにしても気がかりだな。何かあったのかねぇ」
「…はい」
「また、変なことに巻き込まれてなければいいが」
先生の言葉がアンテナにピンと来た。これは聞くなら今しかないと、咄嗟にあの話を振った。
「先生、…そ、その話なんですが…」
「なんだい?」
「実は僕、兄のこと、本当に何も知らないんです。家出した理由も、中学生の時に何をしていたかも。兄を中学時代から知っている先生なら、きっとご存知のことだと思います。できれば、教えてくださいませんか?」
校長先生は目を細くして頬を強張らせた。しばらく間があったのち、おもむろに口を開いた。
「…いやはや、君は耀と違って直球だねぇ」
先生はやれやれ、と額を手で覆った。少し冷や汗をかいているように見える。
「…でもまぁ、君の立場からしたら、気になるのも仕方ないか」
「はい。僕は兄のことが知りたいんです。本人に聞いても教えてくれないですし、この先、兄弟としてやっていくのにも、大事なことですから」
「ま、ごもっともな意見だな」
「このままでは、定期演奏会にも支障が出てしまいますので」
可能な限りハッキリとした口調で言いきると、校長先生は少し困った顔で頷いた。
「…それもそうだな。ただ聖君、」
「…はい」
校長先生は机の上で指を組み、身を乗り出してこちらを真っ直ぐに見据えた。
「私の口からは、言えることと言えないことがある。あの子のことについては、大半が言えないことになるだろう」
「…校長先生っ、」
「いや、君の言いたいことも分かるよ。ただ、こちらとしても、守秘義務があるのでね。むやみに人には言えないのだよ」
「校長先生っ、でも僕は、耀の実の弟なんです!」
「…落ち着きなさい、聖君。──君が実の弟だからこそ、言えないこともあるのだよ」
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