【Prelude】♯Opus0

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【Prelude】♯Opus0

[第1曲 Prelude]  僕には、一卵性双生児の兄がいる。  僕とそっくりで肌は白く、ひょろりと細長い。  顔は少し北欧の血が入っていて、日本人離れした顔立ちをしている。それは僕も同じで、2人で並ぶと、よくお人形さんみたいだと、周りの人から言われたものだ。  僕と兄は、僕の居場所は兄の隣だというくらいに生まれた時からいつも一緒だった。両親は忙しくて、普段から家を空かせることはしょっちゅうだった。だから家では兄とは二人きりでいることが多かったんだ。 4fbc7544-1205-4198-a959-e2ea79a8824a  「──セイ、」  兄は僕の名前を呼ぶ。少しだけ甘ったるい口調で。  僕はその声が大好きだ。  「なに、ヨウ」  兄の方を振り返ろうとする前に、兄が後ろから抱きついてきた。僕は10歳ながらもドキドキして、耳の後ろが熱くなった。  「…今日も親は外で泊まるみたいよ。母さんは兵庫で父さんは福岡。さっきメールきた」  「そ、そうなんだ…」  兄だけ、連絡用に携帯を持っている。しっかり者の兄は、両親からも頼りにされる。僕と違って学校でも優等生だし、勉強も運動もできるし、みんなにも優しい。なにより、物心ついた時から習っているヴァイオリンは、もう桁外れに上手い。もう兄は完璧過ぎるくらい、完璧だった。  対して僕は兄とは正反対で、正直、数十分の違いでここまで差が出るかというくらい何もできない。勉強は赤点ギリギリだし、運動も体が弱いからあまりできない。ちょっと悔しい。  「…セイ、」  だけれど、その兄にもたった一つ弱点があった。  「…今日は親いないよ?」  「う、うん、」  「練習終わったら、セイと一緒にいたい」  「う、うん…っ」  それは、僕にはとても甘いということだ。兄は嬉しいそうにはにかんだ。  「ありがと。じゃあ、ちゃっちゃと練習しよ! と、そのまえに、」  兄は意味ありげにニコッと微笑み、僕にキスをしてきた。頰に二箇所、唇に一回。  こういう時間は、いつもドキドキする。兄とのスキンシップが気持ちよくて、脳みそがとろけてしまいそうだ。  「…じゃ、また練習後!」  兄は練習室のドアに手をかけながら振り返り、満足そうに言い放った。昔から兄は僕に弱い。僕のこととなると、別人になる。他所での完璧人間とは全く別物の──。  ──チュンチュン、と鳥の声がする。  窓の外から差し込む光に目が覚め、僕は重いまぶたをこすり、ベッドから這い上がった。今日もあまり眠れなかった。  「あー…夢か」  僕はこの春から高校生になり、実家と遠く離れた音楽高校に通っている。  「さむ…」  まだ4月の頭なので、冬の名残なのか朝は寒い。カーテンを開けてみれば、窓が結露している。  かじかむ体を叱咤し、顔を洗うため、洗面台の前に立った。正面にある鏡には、まだ寝ぼけている自分が映る。頭の横には、盛大に寝癖がついている。  顔は同じと言えど、”あの人”とはえらい違いだ。  (みっともな…)  勢いよく顔を洗う。冷たい水が刺激的で、目が覚めた。  「──…よし、これで忘れ物はなしっ、と……」  出かける直前、念のために鞄の中を確認する。独り暮らしの寂しさからか、不必要に独り言が多くなってしまう。  それらの荷物を持ち、玄関に向かう。黒いローファーを履き、ふと、玄関の横に掛けた鏡に目がいった。  「──…耀」  僕は鏡に映った人物に話しかけた。無論、自分と同じ動きをする。  ──幸せだった頃。同じ顔、同じDNA、同じ体つきをした、もう一人の少年。  もう2年だ。今でも彼のことを想うと、胸がキリキリと痛む。  「絶対、探しに行くからね」  やるせなさと切なさに鏡を見ていられなくなる。僕は脇目を降らずに玄関から飛び出した。  「おはよー! 聖っ」  家の鍵を閉めていると、隣のドアが弾きとんで、眼鏡の男子が現れた。  「…おはよ。朝から元気だね、高貴は」  「もちろん! 対してお前は辛気くさーい顔してるじゃん」  にたっと笑いながら言うこの男は中学からの友達の水谷高貴だ。同じ高校に通うことになって、アパートを探していたら偶然隣同士になった。  「それは誉め言葉?」  「そうだよ。…うそうそ。兄貴、見つかった?」  「…ううん」  2年前、謎の失踪を遂げた双子の兄。この学校にいるかどうかは、今のところ確認できていない。第一、同じ名字の人がいなかったのだ。  「そうか。早く見つかるといいな」  やさしげな笑顔がまぶたの裏をよぎる。僕は一瞬、切なくなった。  「…うん」  高貴と共に学校に向かい、ニ日目の学校生活が始まった。
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