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俺とあいつ
──知ってた。あいつがあの人の事をずっと想っていた事。
けれど、それは叶えられない想いなのも知っていた。それはあいつ自身も分かっていただろう。そんな事は噯気にも出さず仕事の相手としてずっと接していたから。
けれど、さすがに今日はその恋に終止符を打たれ、確実に落ち込んでいるのが分かった。
「なぁ長谷……。今日飲みに行かね?」
今日の仕事は夕方始まり。終わった頃には結構いい時間だった。
珍しく平野の方から誘って来た。いつもは大体俺が誘う方だったのに。
「いいぜ。車は中川に任すか」
俺はそう返事をした。
俺達は同じカメラマンのスタッフをしている。俺はチーフアシスタントで平野は照明担当。
ほぼ同時期にスタッフになり3年。前はニューヨークで仕事をしていたが、今年の夏、雇用主であるそのカメラマンと共に日本に戻って来た。
中川は、こっちに帰る少し前の春にスタッフになったばかりの新人で、今は雑用メイン。今日も機材を積み込んだ車は中川に任せて、俺と平野は別行動を取ることにした。
「どこいくよ?どっかいい店あるか?」
12月の夜の街。
忘年会帰りらしき酔っ払いの集団とすれ違いながら俺は平野に尋ねる。
「いや?知らねーよ。もう駅前のチェーン店の居酒屋でいいだろ」
まあ、それでいいかと駅前に向かって歩き出す。
「タバコ吸えるところな」
ふと思い出したように平野にそう言われて「分かってるって」と返事をする。
数年ぶりに日本に帰って来て、なんとか法の関係でタバコを吸えない居酒屋があるって事に度肝を抜かれた。
酒飲みながら吸えねーって、何の罰ゲームだよと。
駅前まで出ると、目についた居酒屋に入る。時間が遅めと言うこともあり、ちょうど出てくる人と入れ替わるように俺達はすぐに席に案内された。
とりあえず生ビールを頼み、あとは気持ち程度のツマミを注文する。
まず運ばれて来たジョッキを持つと、いささか元気のない平野に話しかける。
「じゃ、お疲れ」
「あ、あぁ。お疲れ」
そう言いあって、カチンとジョッキを合わせた。
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