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「おはよーございまーす!」
12月の朝。いつものように車でやって来た中川が、子犬のような顔で俺に挨拶する。
「おう」
そう言って俺はいつものワゴン車に乗り込んだ。そしてその後を長谷が続いた。
「おはよーさん!」
「おはようございます。チーフ」
運転席から振り向いて、中川は長谷にも挨拶した。
今日は俺たちの仕事納め。と言っても撮影があるわけではなく、機材のメンテやチェックをするために借りている倉庫に向かうのだ。
ちなみにボスはもう日本にはいない。このクソ寒い冬に、何を考えたかニューヨークへ行っている。あの女を連れて。
「にしても、助かりましたよ〜。2人同時に拾えて。今まで近いのに別々に拾うの、正直面倒だったんすよね」
中川は、前を向いて車を動かし始める。
「悪りーな。俺もこんな近所に住んでるって最近知ったんだ。な、大祐?」
ワザとらしく俺に笑顔を向けて言う長谷に俺は顔を顰めるだけで無言の返事をする。
「あ、チーフ、いつの間に平野さんの事名前で呼ぶようになったんすか?」
「んー?最近な。ちょっとばかり親睦を深めたんだよ」
食いつかなくていいところに食いついた中川に、長谷は嬉しそうに返す。
「へー。いいなぁ。仲のいい同僚って憧れますね」
前だけ向いて答える中川に、長谷は「だろ?」なんて答えている。
何が親睦だよ!こっちは色々と身が保たねぇって言うのに
そう思いながら長谷を睨みつけると、長谷は嬉しそうな顔をして、俺の手に自分の手を重ねた。
中川からは見えないのを分かっていてやっているに違いない。
余計に顔を顰めて、俺は黙って窓の外の流れる景色を眺めた。
結局、あれから一度のはずが二度、三度と続き、しまいに俺は数日自分の家に帰ってない有り様だ。
「何か見える?」
不意に長谷が俺に近づき耳元でそんな事を尋ねた。
「なんでもねぇよ!お前はあっち向いてろ!」
そう言って押しやろうとするが、重ねられた手の指は逃がさないと絡んでくる。
「おまっ!」
「いいじゃん!どうせ中川からは見えねーって」
そう小さく耳打ちされ、俺の顔は熱くなる。
「とにかく向こう向けって!」
「えー。冷たいなぁ。俺の恋人は」
もちろん中川には聞こえてないだろうが、車の中で何言ってんだ。こいつは。
それに、
「俺はお前の恋人になった覚えはない!」
と小さな声で反論すると、長谷はクスクス笑っている。
「ま、そのうちそうなるからさ」
そう言うと、長谷はようやく向こう側の窓に向かった。
俺はまた窓の外の流れる景色を見て思う。
ほんと、俺はどこまで流されんのかね?
でも、それに身を任すのも悪くない。なんて思う。
──誰も知らない、この恋の行方に。
Fin
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