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俺は開けたてのシャンパンを、夏にビールを飲む用に買って来たタンブラーに注いで平野に渡す。
シャンパングラスなんて気の利いたものはうちにはないから仕方がない。
俺なんて、タンブラーさえなくてコーヒー用のマグカップだ。
「じゃ平野。とりあえず乾杯。今年も世話になったな。来年もよろしく」
「別に世話した覚えはねぇけど。まあ、来年も忙しくなりそうだし、こっちこそ頼む」
少し気が早い気もするが、そんな事を言い合いながら俺達は乾杯した。
早速タンブラーに口を付けた平野は、一口飲むと口を離し「すっげえ……うまい」としみじみと言っている。
「お?そうか」
そう言って俺もマグカップを掴んで口に持っていく。
よく花の様な香り、と言われるが確かにそんな香りのする琥珀色の液体を口に含む。
「こんな入れ物で飲んでるの、もったいねーな」
そう平野に言うと「だな。特にお前は」と笑って返される。
「ちょっとはまともそうなそっち譲ってやったんだろーが!」
「はいはい」
時折腕が触れる位の近さで、俺達はそんな事を言い合う。
平野が俺の事をなんとも思っていないのが丸わかりだ。
これが俺じゃなくてボスだったら、こいつはどんな顔してんのかな〜なんて思いながら俺はまたカップに口を付けた。
ビールの倍以上のアルコール度数に関わらず、平野は隣でシャンパンをがぶ飲みしながら管を巻き始める。
「だからぁ!ボスはほんとすげぇ人なんだよ。分かるかぁ?」
さすがに平野のここまで面倒くさい姿を見るのは初めてで、うわぁ……と引きながらそれを聞いていた。
「いや、分かってるっつーの!つーかお前、一体ボスの何処がそんなにいいわけ?」
そう言うと、途端に平野は赤い顔のまま真面目な表情で俯く。
「あの人だけなんだよ……。俺のこだわりに気付いて、それを褒めてくれたの」
「ふーん」
俺はカップにシャンパンを注ぎながらそう答えた。あんなにあったはずの中身も気づけばまもなく無くなりそうだ。
それにしても……。そりゃそんな事あればあの人に簡単に落ちるよな。
正直、俺はボスと最初に会った時、『あぁ、カリスマってこんな人の事を言うのか』と妙に納得した。
良くも悪くも人を惹きつける魅力に仕事の腕。性格には少々難があるが、それでも惹きつけられる人間は山程いた。
俺だって、いわばその一人だ。もちろんそこに恋愛感情などないが。
けれど、平野はボスに仕事に対する姿勢も込みでその感情を持ってしまったのだ。
不毛だと知っていながら。
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