1人が本棚に入れています
本棚に追加
4月+8月=12月
私は春。
いつかの曙、きみは私の顔を覗き込んで、優しく頬を撫でてくれたね。
私はそれで目が覚めたんだけど、きみはどこにもいなかったんだ。
きみがいないとどうなるのかって?
私もいないことになっちゃうの。
それは、私がきみに依存しているっていうことではなくて……。
……うまく言葉にできないけれど。
きみが私の中の、私を私たらしめているモノを、私の外側へ引っ張り出してしまうから。
引っ張り出されたそれは、ひどく醜くびよーんと伸びて、赤黒い汁を真下の地面に一方的に吸わせるの。
ねえねえ。
だからさ。
帰ってきてよ。
わたしのためじゃなくていいから。
たんぽぽの綿毛が綿毛であり続けるように、魚の鱗が鱗であり続けるように、そんなふうにきみはきみであり続ける必要はないんだよ。
そんなの、きみらしい姿じゃないんだよ。
きみはただ、私のそばで踊る月、私の陰で傲る花を、見ていたくなかっただけなんでしょう?
知ってるよ。
知ってるから。
知ってるうえで、私はきみを責めたりしないから。
英の美しさこそが花の美しさであると、きみは私に語ってくれたね。
私にはあまりよくわからなくって、そうかなあ、なんて夢の中みたいな音で呟いたのを覚えているよ。
きみには私がよくわからなくって、中身の外身に準ずるは無し、外身の中身に殉ずるは無し、そう言ってぷいと向こうを向いてしまった。
かつて、きみは私に愛を囁いたけれど、その囁きはひどく揺らぎを伴っていて、私の中心にある振り子時計を上下左右に撹拌させたんだ。
だけど、私にはそれしか信じられるものがなくって、きみに触れてもいい? と尋ねたんだ。
きみがいることで、私は私として、形を保たないながらも、清く湿潤たる散漫な気体として、この世界にとどまっていることができるんだよ。
それを私が望む、望まないにかかわらずね。
……もう、いいや。
きみがそういうことであるのなら、好きにすればいいじゃない。
もう私はきみに触れたいなんて言わないし、きみと同じ時を感じたいなんて思わないし、きみに触れられたときに艷やかに喘いだりもしない。
そのかわり、私はきみに跪いたりしないし、きみに謝ったりしないし、きみに口づけしたりもしないから。
だから。
きみはきみの好きなように、私に触れるなり、私を引き裂くなり、私を遠ざけるなりすればいいの。
私はそれを非難したりしないし、悲しんだりしないし、笑い飛ばしたりもしない。
もういいから。
もう、たくさんだから。
きみは、私のすべてを変えてしまった。
悔しいけれど、私はきみに出会ってから、以前の私の跡形がわからなくなるくらいに、美しく、清く、幼く、激しくなってしまったの。
返してよ!
私を返してよ!
そうやって喚くことは簡単だけど、私はそうはしたくない。
だって、そうでしょう?
きみはそれを望むでしょう?
だから、私はそうしないの。
そうしたくないわけじゃない。
喉が地面に擦れるような声で叫び出したくなるときもある。
けれど、きみはそれを望むでしょう?
だから、私はそうしないの。
私は君がいないと、私ではないなにかになってしまうでしょう。
けれど、それはきみが望まないことだと思うから。
さようなら。
やっと言えたわ。
最後に言えてよかった。
最後がきみでよかった。
私は春。
きみは夏。
最初のコメントを投稿しよう!