盲思

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盲思

 前髪が月を塞ぐ。  (まぶた)は瞳を塞がぬのに、前も後ろも見えはせぬ。  見えるは内なる赤い交通網。  マリンブルーとコバルトブルーの歩行者用信号が、我が行く手に立ち塞がる。  無視する?  破壊する?  対話する?  踰越(ゆえつ)する?  いかなる場合も、決定するは我が意思か。  であるのならば、引き返すのもまた一興。  それもまた、我が意思に変わりなし。  いずれにせよ、我が意志に変わりなし。  出合え出合え!  我は乾坤(けんこん)並ぶものなしの、混濁たる意思を持つ者ぞ!  我は乾坤並ぶものなしの、確固たる意志を持つ者ぞ!  その(けん)の神速たるや、(じゅう)たる柳をも物ともせぬ。  その筆の悪辣たるや、(ゆう)たる花をも物ともせぬ。  いかなる悪も蔓延(はびこ)らせはせぬ。  いかなる善ものさばらせはせぬ。  ゆえに、我が剣は土筆(つくし)であり、我が筆は唐菖蒲(グラジオラス)である。  夜空と同色の(ころも)を着たる月が、鬱陶しい前髪の先に(たたず)むという。  音に聞きしその伝承を、にわかに信ずることはできぬ。  実在するのであれば、それはいかに美しかろう。  実在するのであれば、それはいかに残酷だろう。  前髪が塞がぬとて、我が瞳にそれは映らぬ。  我が剣も、我が筆も、捉えることは決して叶わぬ。  柳より柔たり、花より優たり。  それはまるで――  言葉を(いっ)したる我に、それを形容する(すべ)はすでにない。  そなたの瞳に映るのならば、我に教えてはくれまいか。  月を映しし我が瞳は、いか(よう)にその像を結ぶであろうか?  月を見し我は、いか様に思うであろうか?
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