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枯死
空想の原野の枯れ尾花。
愛想の蛮野の枯れ涙。
妄想の田野の立ち枯れ案山子。
「はいはい、それで?」と耳にタコ。
桜は散ると言うけれど、牡丹は崩れると言うけれど、椿は落ちると言うけれど、菊は舞うと言うけれど……それでは、人は何と言うのだろう。
人は城と言うけれど、人は堀と言うけれど、人は石垣と言うけれど……それでは、人が枯れた後には何が残ると言うのだろう。
虎は死して皮を留め、人は死して名を残す……それでは、人は枯れて何を残すと言うのだろう。
雲の中から生まれた青空が私を見ている。
人の中に埋もれた私は青空を見ていない。
雲を押しのけて前のめりになる青空。
人に押しのけられてつんのめる私。
そんなに見ないでよ、恥ずかしいじゃん……。
そんなに照らさないでよ、眩しいじゃん……。
私の中から生まれようとしていた何かは、私を押しのけられないままに、すごすごと元の場所に戻って行ったよ。
別に、私が意地悪したわけじゃないもん。
その何かが頑張らなかっただけでしょう。
だから私を責めないで……。
そんなに明るく照らさないで……。
お願い、お願いだから……
天宇受賣命でもなかろうに、私の入り口を開けるとでも?
そんなに私の姿を見たければ、裸で踊るくらいのことはしてみなさいよ。
そうすれば、光なんて霞むくらいの、もっと明るくて神々しいモノを見せてあげるんだから!
……だからお願い、ここを開けて。
ここから出して!
早くここから引っ張り出してよ‼
……いや、いい。
私は助けなどいらない。
照らす明かりなどいらない。
裸踊りなどなおいらない。
ただ、少しの時間があればいい。
ほんの少しの間だけ、ただ待っていてくれればそれでいい。
そうすれば、赤くてどろどろした液体に塗れた神々しいそれが必ずあなたにも見えるから。
私の瞳に映る程度の大きさの月が、私よりも遥かに巨大だという。
私の口から出る程度の大きさの言葉が、私よりも遥かに長大だという。
であるならば、私の中に収まる程度の大きさのモノが、想像よりも遥かに遠大でないはずがない。
それは私の中の隅々にまで限界まで満ち満ちていて、私の外に出られるときを今か今かと待ちわびている。
それに待ったをかけているのは、他ならぬ私自身である。
私の外に出たそれは、果たして程なくして死にゆくか?
私の外に出たそれは、果たして世界を覆うほどのモノか?
私の中にあるそれは、果たして外に出たいのか?
私の中にあるそれば、果たして私で満足しているか?
すべては私の預かり知らぬことである。
私はそれとは別個の存在であるからして、それの将来を憂う必要も筋合いも一切ないのが道理である。
……とは言え、だ。
少しの寂しさと恋しさを、それまでそれがあったその場所に一生抱いていくのもまた道理である。
つまり、だ。
私はそれに対して、少なからず何かを思うということである。
桜は散ると言うけれど、牡丹は崩れると言うけれど、椿は落ちると言うけれど、菊は舞うと言うけれど……人は何とも言いはしない。
人は城と言うけれど、人は堀と言うけれど、人は石垣と言うけれど……人が枯れた後には何も残らない。
虎は死して皮を留め、人は死して名を残す……人は枯れて何も残さない。
それは逆説的に、私が未だ枯れていないことの証である。
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