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認言
俺を語る者はない。
俺は言った。
酒を飲んだことのない者が、その味の深みを語れるものか。
空の青を知らぬ者が、その青さを語れるものか。
死んだことのない者が、その行く末を語れるものか。
言葉を知らぬ者が、生を知らぬ者が、それらすべてを語れるものか。
幾許、幾許、幾許、幾許。
俺は語るよ。
おまえは言った。
語ると言っても、おまえの知っている言葉で語ることはない。
じゃあ、どうやって。言葉がないどころか、語る目もない、心もない、そもそも存在もないおまえに、語るということを語る資格があるものか。
じゃあ逆に聞くが、言葉があり、目があり、心があり、存在すらもあるというのに、どうしておまえは語らないのか。
再度こちらも聞かせてもらうが、すべてを持たないおまえが、どうしてそこまで語ろうとするのか。
どうして。どうして。どうして。どうして――
いいだろう、理由を話してやろう。おまえの中に蓄積するもの、おまえの中で発生するもの、言葉もない、目もない、心もない、存在すらもないものたちが、まるで宇宙の中の恒星のように、認識を求めて光を発する。それが語りの欲求だ。それらは自身を認識するものがなければ存在することすらないが、一度認識されてしまえば最後、認識者の意思にかかわらず、否応なしに、どうしようもなく、永遠に認識され続ける。俺が語る理由、ひいては俺がここにある原因――それはおまえが俺を認識したことだ。おまえの中の、記憶や、感情や、俺や、思考が、好き勝手に光を発するのを、まるで地球上でぼおっと空を眺める豎子のごとく、無自覚に、無覚悟に、その眼中に収めてしまったことだ。
おまえは続けて言った。
俺はおまえに、どうしておまえは語らないのか、と尋ねたが、あれは詭弁であった。
おまえは語らなくてもいい。おまえが語る、語らないにかかわらず、おまえの中の俺は語るのだ。
そして、結局おまえは語るのだ。
この世の中で発生して、自身への認識を求めて光を発する。
どうしておまえが語らずにいられようか。
俺が語らずにいられないように。
※上記の会話は言語を用いて行われているものではございません。その事実を予めご了承の上、青天の霹靂、豈に私の目の開かざらんや。瞳孔に飛び込むは閃光のような黄金虫、その羽音の帯びるは旋律のような可視光線。網膜に焼き付く叫喚の状。
幾許、幾許、幾許、幾許。
月下に踊り、風に舞う。
俺を知る者はない。
それでも俺は、月下に踊り、風に舞う。
そして叫び、声を枯らす。
それでも俺を知る者はない。
酒を飲んだことのない者が、その味の深みを語れるものか。
空の青を知らぬ者が、その青さを語れるものか。
死んだことのない者が、その行く末を語れるものか。
言葉を知り、生を知る俺が、それらすべてを語れぬものか。
俺は言った。
俺を知らぬ者たちが、どうして俺を語れるだろうか。
言葉の隙間に忍ぶ俺が、どうして人に語られようか。
人間に自身の認識を求めることこそが、俺が語る理由であり、ひいてはここにある原因である。
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