神さまのお陰

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神さまのお陰

「あーいい動画ないかな・・・」  私は布団に包まりながら机の上においたノートパソコンを見つめていた。  ノートパソコンに映る動画サイトは、見ている者の好みに合わせておススメの動画を教えてくれる。しかし、それを何回かやっていると同じような動画を何回もプッシュして来たり、過去に見た動画をもう一度どうですかと押してくるのだ。それを回避する方法はなく、適当にマウスでスクロールして、ある一定までいったら更新して見直す。私はそんな事を何度も繰り返していた。 「何もないー。でもやる気もないしな・・・」  今日は久しぶりの休み。先週は今は時期が忙しいとかで、喜んで休日出勤させて頂きますと言わされた。その影響からか、途中最後らへんの数日の記憶が無かったのだ。職場としては特に影響は無かったと言うか、何でこんなことになってるんだという電話は今の所かかってきていない。だから大丈夫なのだろうと思う。  そんな折角もらえたたった一日の休み。その休みを貰ったら、私は洋服を買いに行ったり、何か手の込んだ料理を作ってみようと意気込んでいたのだ。  それが朝起きたらどうだろうか。取りあえず日課をこなして、化粧をしている途中に気付いた。今日は仕事じゃないと。そしてやりかけだったメイクを全て落とし、折角の休日だからと思って布団をもう一度被った。  それからは惨憺たるものである。布団からは出たくない。でもこのままいるのもいやだ、それなら動画を見ればいいじゃないか。完璧である。  私は今、布団に包まり、パジャマを着たまま適当な動画を見ている。ご飯も昨日の夜、ちょっと奮発して買った惣菜の残りを食べていた。  時間はそろそろお昼。幾ら何でもこんなことをやって休日を使い切るのはちょっと違うんじゃないか。そんな思いが頭を駆け巡る。だから頼む、神に。 「神様、お願い。もうちょっとこう、なんかいい感じの休日にして」  自分では動ける気がしなくてつい神様にお願いをしてしまった。といっても適当に言っただけで、本当にどうにかなるとは思っていない。 「はー、神様みたいな彼氏出来ないかな・・・」  そんなことを言いつつ動画サイトの更新ボタンを押した。そこには『今日一日が変わる素敵な神様の贈り物』と書いてあった。 「まっさかー」  神様にお願いはしたけど本当に神様がお願いを聞いてくれたのか?半信半疑になりながらもその動画をクリックする。  そこには、 『ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ、儂にいい休日を贈りたいと頼み事をした者はお前かえ?』  胡散臭いおっさんが動画に映っていた。真っ白い天使が着ているような服を、灰色の髪に眼鏡を掛けたおっさんが着ていても見たいと思う人は少ないだろう。背景は茶色くどこかのミスマッチを感じさせる。 「・・・」 『・・・』  お互い沈黙が続く。何でこの時私は動画を消さなかったのかが理解できないが、今にして思えば、丁度タイミングがあったからいいかなと思ったのかもしれない。 『さっさと答えんかい。答えんなら帰るぞ?』 「・・・もしかして私に話かけてる?」 『お前以外に誰がいるんじゃ』 「だって動画だし、それに動画に反応している方が怖くない?」 『動画・・・?うむ・・・ここはそうか、動画とやらの中か。昔は夢の中とかシャレオツな場所に出ておったんじゃがのう』  夢の中ってシャレオツなの? 『まあよい、託宣をくれてやろう』 「託宣って、あの神様とか天使が何か教えてくれるってやつ?」 『当然じゃそうに決まっておるじゃろう。それでは行くぞ』 「え?あ、はい」 『今日中にアニ〇イトに行くが良い』 「え?なんて言いました?」  アニ〇イトって言ったような・・・。流石に聞き間違いだろう。 『今日中にアニ〇イトに行くが良い』  一緒だった。いや、それでも。 「あの、ちょっと今耳の調子が良くないので、筆で紙にでも書いてもらってもいいですか?」 「何じゃ。要求が多いのう」  そう言いながらも胡散臭いおっさんは、どこからともなく紙を取り出して書いて見せてくれる。それには『今日中にアニ〇イトに行くが良い』と書いてあった。やっぱり間違ってなかったのか。 「あの、何でですか?」 『託宣はしただけで終わりじゃ。内容についての質問は一切受け付けぬ』 「ええ、なんて頑固な」 『全くこれだから人間は文句の多い・・・。昔からそうじゃ、勝手に儂の子を名乗ったり、儂に法を聞かれたから丁寧に答えたら、目を覚ました時にはほとんど忘れておって自分勝手な事を話しおる』 「あの、そういう色んな所に喧嘩を売っていくのは止めた方が」 「儂が神じゃ。神に逆らうなど許さん」 「ああ、そうですか、はい」  きっとこれ以上は無駄だろうから止めよう。 『そういう訳で今日中に行くんじゃぞ。それが託宣じゃ』 「あの、もしいかなかったらどうなるんでしょうか」 『死ぬ』 「え?」 『死ぬ』 「重すぎません?」 『神の言葉に逆らうのじゃ、それくらいは覚悟せよ』  神の言葉ってそこまで重たい物だったのか・・・。なら逆らう訳には行かないかな・・・?でも折角の休日なのに・・・。 『色々思っておるようじゃが、行けばお前は必ず儂に感謝することになる。じゃからいけ。一応、もし忘れても問題ないように、また再生は出来るようにしてあるからの』  凄い、夢でだけ託宣してた時と比べると、遥かに進化してるっていうか現代に合わせてきてるわ。 『神も時代の波に乗っているんじゃよ。イケイケというやつじゃな』  どうやら言葉のセンスは数世代は遅れているらしい。 『それと、この映像は他の人に見せても、その人が嫌いな映像が延々と流れ続けるだけの嫌がらせ動画になるからみせるのではないぞ。ではな』 「何でそういう所はしっかりしてるの」  私が返事を返すころには動画も止まっていて、再生時間もとても短い。 「いやぁ、流石に嘘でしょ・・・」  一応確認の為に動画を再生すると、おっさんが誰かと喋っている風の正直普段だったら5秒で消している動画だった。というか再生すらしないだろう。相当なサムネで釣られたに違いない。 「死ぬ・・・か」  一応確認で見るとやっぱりこの言うとおりにしないと死ぬらしい。流石にそれは嫌だ。嘘だとしても、アニ〇イトにいけるんだからいいか。洋服を買いに出掛けるついでに行って、そのまま料理の具材とかを買って帰るのもいいだろう。確かに昔、半年前には行ってたけどさ・・・。  そう思うとちょっとやる気が出てきた。少なくとも、布団に包まって狂ったように更新ボタンを押す装置になるよりはいいハズだ。  私は気合で布団を捲り、起き上がる。ヨレヨレのピンクのパジャマを洗濯機に叩き込んで支度をあした。ばっちりメイクを、とは思わなかったが、人と会うには最低限の準備をして外に出る。 「寒い」  秋のビル風が私の全身に降りかかる。 「風強すぎじゃない?」  強風に煽られながら何とか歩く。こんな中歩くなんて信じられないけど、意外と通りを歩いている人は多い。彼らの足腰は物凄く強いのかもしれない。  それでも何とか地下鉄まで来ることが出来て、中に入れば問題はない。  それからは洋服もいい物があった。着ていかれますか?と聞かれたので気分が良かったから着て帰る。 「ふぅ、いい買い物した。帰ろ帰ろ・・・」  買い物もして満足したから帰ろうと思って立ち止まる。『今日中にアニ〇イトに行くが良い』頭の中をあの胡散臭いおっさんが通り過ぎた。胡散臭いとは思うが、なぜか神と自称するのを疑うような思考にはならなかった。 「行くか・・・」  死にたくないし。かと言って今何かを買いたいと思う物もない。そもそも最近は忙しくて、アニメや漫画といった物を見る時間も無かった。だからこそ買おうなんていう気にはならないのだ。 (それでも死ぬくらいならいいか・・・)  死にたくはない。だからアニ〇イトへと向かう。 (ここから一番近い場所だと・・・)  確か2駅先の所にあったはずだ。そこへ向かう。そして電車に乗ってその空席具合を痛感した。  平日の通勤ラッシュ時は相当な混雑具合であるが、お昼のこの時間ならそこまで混んでいるということはない。人が働いている時間に休みが貰えていると思うとちょっと優越感をくすぐられる。  その代わり他の人が休んでいる時に働いていることには目を向けないでおく。そんなことをしたら精神が大変なことになってしまう。  プシュー  電車が次の駅に止まったので慣れた道を通っていく。最近は来ることが減っていたが、昔は毎日のように通っていたものだ。その道筋は足が覚えてくれている。 「あー懐かしいな」  昔来た時と変わらない店がそこにはあった。他の店舗と同じ配色の看板、店の前には欲しくて回したガラポン。その全てが懐かしさを感じさせる。  たった半年、そう、たった半年前までは毎日の様に来て、見ていたこの景色。半年しか経っていないのにここまで懐かしさが感じられるなんて思わなかった。 (何かもうこれだけでいい気持ちになれた気がする)  久しぶりの懐かしさを感じ、ちょっと最近会えていない友達にでも連絡をとってみようか。そう思える何かがそこにあった。  白か黒かでいったら圧倒的に黒寄りの会社で、このご時世だから働かせてもらえるのがいりがたいんだと言われて必死に働いた。だけど本当にそれでいいのだろうか。今から帰って夜にでも友達に会おうか?そんな事を考えるが、ふと思い出す。 (アニ〇イトに行く。ってここまでじゃまずいのかな?)  あの胡散臭いおっさんはそう言っていたが、それがどこまでの事を指すのか分からないのだ。ならば、一応店の中を隈なく見て回った方がいいかもしれない。自分にそう言い聞かせて中に入る。  中は昔と変わらずアニメ雑誌や漫画、ライトノベルが所狭しと並べられていた。 「うわあ、懐かしい。あ、これ新刊出てたんだ」  昔は大好きだった漫画を見つけ、手に取る。他にそういった漫画はないのかと目を皿にして探す。そうすると出てくるわ出てくるわ。あれも買ってないこれも買ってない。最初は手で持って行こうかと考えていたけれど、どう考えてもこのままでは無理だ。  入り口まで戻って籠を取り、中に入れた。そして探索の開始だ。今まで買っていた本の続きを見つけたら片っ端から入れていく。  色々目につく範囲で全ての本を入れ終えると、めちゃくちゃ籠が重たくなっていた。正直これ以上は入れたくない。でも、実は本当に好きな本の続きが見つかっていないことに気付いた。SNSでちゃんと続きが出ているのは知っているのに、何時か買いに行けばいいや、そう思って買いにいかなかった物の続きだ。ここまで来たのだから絶対に買って帰りたい。  そして、もう一周注意深く回ってようやく見つけることが出来た。少し前の本だからか、平面に表紙が分かるように置かれているのではなく、棚に一冊だけ差さっていたのだ。これなら見逃すはずだ。そう思って手を伸ばすと。 「「あ」」  人と手が当たった。私は慌てて譲りそちらを見るとその人は男性だった。身長は私より10cm位高めだろうか。顔は驚いた顔をした後優しく私に笑いかけてくる。彼はとても爽やかな香りを漂わせていて、肌の手入れもしているのか私よりも触り心地は良さそうだ。そして文句の付けようのない顔で欠点が見当たらない。  しいて言うなら声を聞いていないから、あれかもしれないということだろうか。 「どうぞ」 「え?あ、でも」 「僕は他の店で買いますので、それでは」  声も良すぎない?って違う。 「え、あ、ちょっと待って!」  その時私は何で彼を止めたのかは分からない。でもその時のことを私はやってよかったと確信している。   私は引っ越しの荷物を整理している最中に見つけた本を手に取る。それは少し埃を被っていて、私は昔から本当に好きだった本がきっかけだったことを思い出していた。  彼と出会ったのは5年前、それから紆余曲折を経て、今に至る。それもこれも神様のお陰だろう。 「おーい、何してるんだ?」 「ちょっと昔のことを思い出していただけよ」 「その本は、懐かしいな・・・」 「ええ」  そこには彼がいる、一緒にいることを決めた彼が。 Fin
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