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少し話したいから三時に会社に戻って来いと副社長から連絡があったのは、もう学校が夏休みに入るようなころで、立て続けにあった企業の人事異動で出た廃品の処理が、一段落したところだった。会議室にはペットボトルのお茶が置かれ、ロの字に並べられた長机の一辺には、竹田さんと副社長が並んで座っている。
竹田さんが辞める日が、決まっちゃったんだ。集合が掛かったときにそうかなと思ったのだが、目の前で副社長と並んで座る竹田さんを見ると、やっぱり胸がざわつく。気持ちはみんな同じようで、なんとなく座りの悪い顔をしている。
「さて。話はわかってると思うから、簡潔に行きましょう。竹田が八月一杯でいなくなることになりました。会社としても残念ですが、当初からの約束なので仕方ありません。トクソウも軌道に乗って来ましたし、そんなに大きな混乱はないかと思います」
副社長の言葉に、竹田さんが頭を下げる。蛍光灯の下で、生え際がキラキラしている。そうか、真っ黒にしないのは、染める時間が取れなかったときに目立たないようになんだな、と和香は場違いに思う。そういえばお父さんが退院したって言ってたから、いろいろあるのかも知れない。
「今まで竹田がリーダーになっていたわけですが、別にそういう役職があるわけでもないので、ちょっと役割分担について話したいと思います」
副社長はそこで一度話を切って、代わりに竹田さんが口を開いた。
「後任を同業者から拾ってくるって話もあったんだけど、清掃オンリーってわけでもないし施設管理だけでもないって、経験者じゃないと説明し難いし、経験者は年寄りばっかりでね」
年寄りばっかりで悪かったね、と菊池さんからチャチャが入る。
「新入社員はハローワークに若年トライアル雇用で募集かけてるから、男手はそれで補ってください。あとは管理さんとの打ち合わせが主業務だから、誰でもいいって言えば誰でもいい」
「あ、私パス。学校行事のときって虎太郎も学校行事だし、管理さんたちの帰社が遅いと話ができない」
由美さんがあっさりと言う。
「俺は掃除はわからないからねえ。和香ちゃんに頼むしかないね」
植田さんが言い、片岡さんと菊池さんが頷いた。
「え、あ、えっと。私、一番頼りないんじゃないかと」
このメンバーで責任を押しつけられるようなことは考えられないけれど、意見を意見として主張することの苦手な自分が、打ち合わせなんかできるのか。
「あのね、和香ちゃん。私、和香ちゃんには敵わないことがあるんだよ」
由美さんの言葉は、和香が深く考えてもいなかった小さなことについてだった。
「和香ちゃん、水飲み場とか手洗いとかを洗い終わってから、蛇口を必ず下に向けるよね」
「え? だって上に向けてたら、うっかり水を出すと人間にかかりますよね?」
何を当然な、と思った。
「私は掃除しか頭にないからさ、洗い終わったらオシマイなの。和香ちゃんは必ず最後にチェックして蛇口を下に向ける。和香ちゃんと作業するまで、気にもしなかった」
植田さんも口を開く。
「俺もね、休憩時間に鋏と鋸を現場に置きっぱなしだったの」
「子供がイタズラしたら危険です」
「子供が作業道具を弄るなんて、考えもしなかったよ」
「和香ちゃん、工具が必要な時は必ず俺を誘うよね」
「菊池さん、工具は自在じゃないですか」
「で、ガラスが汚れてると私を呼ぶ」
「片岡さんはワイパー使うの上手だから」
え、え、とまわりを見回しても、全員が和香を見ている。
「和香ちゃんが一番、何を求められているのか知ってるんだよ」
片岡さんが諭すように言ったとき、和香はどんな顔をしていたろう。
最初に笑い出したのは、副社長だったと思う。
「誰も異論ないってさ、竹田」
「本当に。満場一致でしたねえ」
これで、とても頼りないトクソウ部の新リーダーが誕生した。残り一月半の間、竹田さんと一緒に打ち合わせに出て、請負先全部をまわることになる。
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