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人不足の昨今、新人が入社してきたのは竹田さんが抜けて一週間ほどしてからだった。二十歳の男の子で、店舗清掃のアルバイト経験があるという。副社長がトクソウ部の部屋に案内し、ひとりひとりを紹介した。
この人は植田さん、庭仕事のプロ。菊池さんと片岡さんは、何でもしてくれる。古谷さんは通称由美さんでいいよ、清掃のプロ。そして和香を紹介される。
「榎本和香ちゃん、ここのリーダーだよ。作業全般を見てる人だから、しばらく彼女と動いたらいいよ。彼女は『他人の作業を見て覚える』の見本だから、姿勢を見せてもらってください。メンバーは以上です」
なんだか特技はないって言いきられた気がする。でもいいや、今に全部満遍なくできるようになるんだから。私は私、用務員業務全部のプロになる。
そして九月も終わりかけたころ、やっと竹田さんの送別会が開かれた。髪を黒く染めた竹田さんは、もうチャラチャラしているお兄ちゃんには見えなくて、和香には少し眩しい。
「施設に入ってもらったらお袋が逆に心配しちゃってさ、しょっちゅう面会に行ってうるさがられてんの。疲れ切ってたのに、やっぱり夫婦なんだなあって感心したよ」
ビールのジョッキを持ち上げながら、竹田さんはそんなことを言った。
「今度は竹田ちゃんが結婚して、安心させてあげないとね」
植田さんがからかうように言うのをさらりと流し、新人がどれくらい動けるのかなんて話をしている竹田さんは大人だ。和香との距離も不自然にならず、一緒に仕事をしていたときと同じ。
SNSで何度かやりとりはしたが、会うのは辞めて以来だ。少しは気にしてくれてもいいのに。家のことが整理がついたらって言ってたけど、まだ時間がかかるんだろうか。そんなことを考えながら、話に参加する。はぐらかされちゃったかなぁ、なんて。
参加していた新人さんが、ふとした弾みに和香を呼んだ。
「和香さん」
そのとき竹田さんが新人さんの顔をちらっと見たことを、由美さんが見逃さなかった。
「結局和香ちゃんを苗字で呼び続けたのって、竹田ちゃんだけだったねえ。私のことは三日目から名前呼びだったのに」
「いや、副社長がそう呼んでたから……」
「私の場合は、副社長と知り合ったときと入社時の苗字が違ったからね。でも、和香ちゃんのことは最初から和香ちゃんって呼んでたよ。それでみんな右倣えしたのに、竹田ちゃんだけ頑なに苗字呼び。すっごい気に入ってるんだろうなーと思ってた」
若干酔っ払い気味の由美さんは、思いついたことをポンポン口から出しているだけだ。それでも和香は、竹田さんの反応を見てしまう。
「で、どうなの? 和香ちゃん、いい子でしょ? ちょっとおとなしいけど、頑張ってリーダーもこなしてくれてるよ」
由美さんが和香の腕を掴み、竹田さんの返事を待つ。やっぱり少々目の周りを赤くした竹田さんが、言葉を探すように言った。
「はじめはね、イヤだった。俺の後任にするつもりだから仕込んでくれって言われたけど、こっちから話しかけるまでいつまで経っても黙ってるし、副社長は副社長で俺が辞めるって言ってないとか言うし。どうしたもんかと思ったら、こいつ、新しいこと覚えると嬉しそうでさ。面倒がらないの。で、教えられるだけ教えとこうと思ったんだけど、時間は足りなかったなあ」
時間が足りなかったのは、本当だ。和香はまだ、竹田さんが担ってきた業務全部はできない。
「及第点にはまだまだってことですか」
ちょっとだけ、寂しい声になった。
「そーんなことないでしょ。和香ちゃんがリーダーになってから、管理さんたちが無茶言わなくなったもん」
由美さんが言う。
「それって、頼りないってことじゃ」
違う違う、と菊池さんが入ってきた。
「みんな和香ちゃんに嫌われたくないから、自分の采配で解決できることを丸投げしてこなくなったんだよ。和香ちゃんが困ると、おじさんたちは心配になっちゃうから。竹田ちゃんと同じにはならない、和香ちゃん率いるトクソウは、こういう部だって納得してるの」
和香が率いるトクソウ部。こんな言葉があって良いのだろうか。
「上手く行ってるじゃん。良かったな、榎本」
解散になって、店の前でみんなと別れる。駅まで一緒に歩く竹田さんと和香は、まだ仕事の話をしていた。到着した駅の階段を上らず、竹田さんは歩きはじめる。
「電車で帰らないんですか?」
立ち止まった和香が質問すると、竹田さんは手で小さくおいでおいでをする。駆け寄るとまた歩きはじめてから、小さなバーを指差した。
「さて、ではここからはじめましょうかね、和香サン。白髪のおっさんでよろしければ」
「え? えっと」
「気が変わった?」
変わってないです! こういうときって、なんて言えば良いのですか。ええっと。
「よろしくお願いします!」
コミュ障です。人間関係は不得意ですが、厭世的にはなっていません。けれどずいぶん克服できたのではないかと思うのです。これから友達も増やす予定ですし、恋ができそうな気がします。
fin.
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