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幼い頃の記憶
僕は、年老いた夫婦の一人っ子として育てられた。なかなか子どもを授からなかったせいか、経済的に困窮していた。
今思えば分かる。不妊治療というのは、何年も続ければ続けるほど、待望の子どもを諦めざるを得ない結果になること。
父母は僕がこの世に産まれ落ちる前から、金銭面で十分に支援するのは難しいだろうと割り切っていた。習い事や塾、ゆくゆくは大学進学、家族の年に一度の旅行はおろか、贅沢な食べ物でさえ。
保育所には預けられなかった。家には常に母がおり、生きていくために必要な決意を教えてくれた。
「この世に生まれてくる前からあなたは愛されているの」
「あなたが愛されているのと同じようにこの世に生きる人たちも愛されているのよ」
「愛されていることに気づくために生きていくの。その為に苦しいこともたくさんあるのよ」
僕は言葉を発するのが遅かったと思う。話してはいたかもしれないが、いつも頭の中はぼんやりとしていて、今思えばであるけれど、ただただ幸福に満たされていた。
父も父で、母の夫であるなと納得できる人であった。
働きに出てはいるけれど、家族、つまりは成長過程にある僕とのかけがけのない時間、僕をすくすくと育てるために必要な妻との会話を優先させて、いつも決まった時間に帰るように努めていた。
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