幼い頃の記憶

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長男だからとこだわらずに、好きな色の服を着させてくれた。 「色の違いの数だけ、気持ちには種類があるんだよ」 父はそんなことを言っていた。 「自分を守りたい時、いなくなってしまった人を思い出す時、そんな時に黒色の服を着ると心が落ち着くよ」 父も母も、当たり前のことが当たり前に手に入らなかったことが辛かったのだろう。様々な心理学、セラピーに明るかった。 僕は良くも悪くも、社会的な男らしさという概念から遠いところで暮らしていた。 世界の住人は、ある時まで、聡い父と母とその世界を眺める僕だけだった。 もし、何か信仰の対象として挙げなければいけないとすれば、創造神めいた父母そのものを神として崇拝していることにしたいとすら考えていた。 社会性という果実を齧ってしまったが為に、僕は楽園を永久に追放されたのだ。そのくらい、満ち足りた幼少期だった。 父母がアダムとイブならば、僕の立場はその禁断の実なのではないかとすら、最近は思うようになってきている。 僕イコール社会性という等号式は決して成り立たないのだけど、出会うべくして出会ってしまった、いや遭ってしまった、困難そのものなのではないだろうか。 僕がいなければ、あの夫婦は寄り添いあいながら幸せに生きていたんじゃないだろうか。
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