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誰かに見られてる
「最近、なんだかいつも誰かにみられてるような気がするんだけど……」愛美はため息をつきながら呟く。
「えっ!?」唐突な話題に嘉彦は驚いた顔を見せて、フォークとナイフを持った手が止まる。
「いいえ、気のせいだとは思うのだけれど……」愛美は場の雰囲気が悪くなる事を懸念するように誤魔化した。目の前にあるステーキをフォークとナイフを使って口の中に放り込んだ。
嘉彦は愛美の上司で、恋人。
恋人と言ってもつい一週間ほど前に彼から告白されたばかりであった。彼は高学歴で顔立ちも良くて女子社員達の間でも、人気の有望株であった。まさか自分に交際を申し込んで来るなど、愛美にとっては青天の霹靂といったところであった。正直、お付き合いをしている男性もいなく、そろそろ27歳を前に、アラサーに近づきつつある彼女にとっては、棚からぼた餅的な感じかもしれない。
「ところでさ……、今晩ホテルの部屋取ってあるんだけど……」言いながら嘉彦はテーブルの上に部屋の鍵を置いた。その鍵を見て愛美は少し動揺したような顔を見せる。
「えーと、あの、その、あっ、今晩はお父さんの誕生日だったのよ。だから、家に帰らないと……」もちろん嘘である。彼女もこの年齢まで全く経験が無かったといえば嘘になるが、なんだか彼とは先に進む勇気が沸かなかった。
「はー、またか……、まあ仕方ないよね」嘉彦は半分呆れたような顔をして、溜め息をついた。どうやら断られたのは、これが初めてではない様子であった。
「ご、ごめんなさい……」愛美は謝るが、それに対しての嘉彦の返答は無かった。
彼は愛美から視線を逸らして夜景を見つめる。ガラスに嘉彦の少し不快感で歪む顔が映った。
「それじゃあ、家まで送るよ」嘉彦はぶっきらぼうに支払い表を掴むと立ち上がった。愛美は、デザートのフルーツを食べ終わったところである。なんだか、こういう態度を見ていると余計に今一つ前に踏み出す気持ちになれない自分がいることを自覚している。テーブルの上のナフキンで軽く口の辺りを拭いてから、すでに会計を終えようとしている嘉彦の後をゆっくりと追いかけた。
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