第1話

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 一枚目のカードには和歌。二枚目のカードには暗号文。  一目見るなりまでこさんが言います。 「ふむ。真白さん、この和歌は万葉集ではないね。百人一首の歌だ」 「えっ? でも調べたら歌人は山部赤人という万葉歌人だとあったのですが」 「元は同じ歌でも、百人一首と万葉集では和歌の内容が少し変わるのだよ。こういう風にね」 【百人一首】 〈田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ〉 【万葉集】 〈田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける〉  までこさんは席を立つと、万研部の部室――もとい図書準備室にあるホワイトボードにさらさらと二つの和歌を書いていきます。 「万葉集では田子の浦から見る眺めを『雪が降り積もっていた』と表現しているのに対し、百人一首は『今もなお降り続いている』と直し、富士の悠久の神々しさが想起される幻想的な歌へと仕上げている。  物語性を持ちより詩的で幻想的なものが百人一首なれば、歌人が体験した感動がそのまま読み込まれたおおらかさを持つものが万葉集の和歌なのだよ」  二つの和歌を見比べて1年生二人はへぇーっと感嘆の声をあげます。  けれどまでこさんは書き終わった所でほぅ、と悩ましげな吐息を漏らしました。 「ふむ……。残念ながらこの和歌と暗号文にどんな意味があるやら、現時点では皆目検討もつかないね」 「そんなぁ……先輩ならきっと何か判るかもと思ったのに……」 「けれど暗号文が誰に宛てたものかというのは一目瞭然だね」 「えーっ、なんかわかったんすかヨーコさん!?」  やはり揃って目を丸くする二人に、までこさんは涼やかな目を細めて婉然と微笑み返します。直後にアトソンくんがあまりの神々しさに両目を押さえて床を転がったのでましろさんが怯えた目を向けますが、いつもの事なので気にしてはいけません。 「なに、そう深く考える程のものではないよ。君たちももう一度二枚目のカードと、そうだね……この2首の和歌を、見比べてみるといい。恐らく気がつく事がある筈だ」 ◇つづく◇
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