第2話

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「栃木県日光市です」 「ふむ。田子の浦とは現在の静岡県、駿河湾の縁沿いにある。土地柄との関係の線は薄そうだね」 「……日光……いろは坂……いろは歌……そういえば……」  ぶつぶつと口の中で反芻を始めるましろさんに、までこさんが「どうしたのかな?」と尋ねます。 「あ、すみません。そういえば先週、一条先輩がいろは歌の話をしていたなって思い出して。通学路に最近新しく開店した“憩いの場・喫茶『夢』”という店の横を一緒に――あっ、たっ、たまたま一緒に通学していた時にっ、その話が出たんです」  途中からわたわたと慌て出すましろさんです。恋する乙女のましろさんはいつも通学時間を先輩に合わせつつも偶然を装い一緒に通学していたのですが、賢明なまでこさんは挙動不審なましろさんの態度に触れないでいてあげました。 「なんか、顔赤――……」  余計な事を言おうとしたアトソンくんの手の甲を扇子でぺちんと叩いて、までこさんが話を繋げます。 「いろは歌といえば謎が隠された歌として有名だね、一条君ならば当然知るところだろう」 「謎ってなんすか?」  アトソンくんのソボクな疑問に、までこさんは再びホワイトボードにペンを走らせます。 〈色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず〉 「いろは歌は和歌であり、ひらがな47文字を一字ずつ使用して詠まれたあそび歌だ。しかしてこの歌を7文字ずつに分けた時、それぞれ最後に来る文字が……」 いろはにほへと ちりぬるをわか よたれそつねな らむうゐのおく やまけふこえて あさきゆめみし ゑひもせす  “咎なくて死す” 「……このような一文が隠されている。柿本人麻呂が無実の罪を着せられ世を儚んだ歌という説もあるのだよ」 「へ~」  素直に感心するアトソンくん。対して、ましろさんもその場で頷きます。 「やっぱり、までこ先輩もご存じだったんですね」 「やはり、とは?」 「先輩がこの話をしてくれた時、『万研部のまでこ君ならきっとこれくらい知っているだろうな』って言っていたんです」 「真白さんはその折に彼から私の事を聞いたと?」 「はい。日本の古典文学に造詣が深く、先輩と謎解き勝負で渡り合うほど聡明なひとだと聞きました」
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