ケツカッチン

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ケツカッチン

「映画部・部員募集中!」  と書かれた紙。部室の扉の廊下側に貼ってある。当面ここが、僕の占いの場所となる。  僕と芹沢、そして芹沢の彼女アイちゃんとで部室を片付けている。以前の使用者が几帳面だったのだろう。それほど散らかっているわけでもなく、窓を開けて埃を払って、床にモップをかけたり拭き掃除をしたりするくらいで、大丈夫そうな感じだった。  「お、藤村、こんなの見つけたぞ」  芹沢が持っているのは、よく映画の撮影現場で見る、あの、ええとチョークでシーンとか書いて、カメラが回るスタートの合図にするやつ。何て言ったっけ? 「カチンコ、って言うみたいですよ」  アイちゃんが、スマホで調べてそう言う。  僕と芹沢は、黙る。女子高校生の口から、その単語は微妙じゃね? という雰囲気が漂うが、アイちゃんは、そんなことも意に介さない感じで続ける。 「へえ、撮影の最後に、カチンコを鳴らすことを、「ケツカッチン」って言うんだって! なんか聞いたことあると思ったら、そういう意味だったんだね! 色々奥が深いなぁ!」  芹沢がアイちゃんの前に立って、カチンコを鳴らす。拍子木の音が部屋に響く。 「カーット! あのね、アイちゃん、女の子が、ケツとか言わないで欲しいんだ」 「でも、これってそういうものなんでしょう? 別に私が言い出した訳じゃないし、それで何か困るの?」  明らかに何か言いたくて困っているけど、二の句が継げない芹沢を見て、僕は思わず吹き出してしまう。二人の関係性は、どうやらこういう感じみたいだ。 「と、とりあえず、あと30分ほどで、次の占い希望の人が来ることになっている。それまでに、片付けは終わらせてしまおう。机は一つでいいか? 藤村」 「そう言えば、次の人ってどんな人だ?」 「2年の先輩。女の人だ」 「ちょっとアイちゃん、こっち来て、僕の向いに座ってくれるかな?」  アイちゃんが僕の座っている、向いに座る。 「そう言えば今まであんまり意識してこなかったけど、女の人とこんなに近い距離で向かいに座られるのって、ちょっと緊張するなぁ」 「机、二つにするか?」 「でもカードが相手に見せることを考えると、2つだとちょっと遠い気もする」  向かいに座っているアイちゃんは、今僕がだいたいな感じで机の上に、開いた4枚のカードを手に取りながら言う。 「一つでいいと思います。相談事なんだし、占われる側からすると、小さな声で話したいこともあると思うの。藤村くんはどう思う?」 「いま向かいに座ってくれているアイちゃんが、そう言うのなら、たぶんそれがベストなんだろうな。僕が意識しすぎないようにすればいいんだね」 「よしOK! じゃぁ机一つということで、レイアウトを整えよう! 時間がないぜ! はい、スタート!」  芹沢が、カチン! と鳴らす。僕は向かいに座っているアイちゃんに、こう話しかける。 「撮影が終了するときに、あれを鳴らすのって、何て言ったっけ?」 「ケツカッチン」  カーット! と慌てて芹沢が止める。その姿を見て、僕とアイちゃんは、思わず大爆笑してしまっていた。 (続く・スター特典あります)
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