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【1】
「あ、その本なら、三つ先の棚の手前の方に並んでますよ」
「えっ、本当ですか。ありがとうございます。ご親切に」
七十代後半くらいだろうか。少し腰の曲がった背の低い初老女性は、穏やかな笑みで璃々江に会釈した。
先月開店したばかりの大きな全国チェーンの書店だ。欲しい本があっても、すぐにそこに辿り着くことは店員であっても容易ではない。
女性の求める『江戸縮緬の小物づくりの本』もまた、なかなか見つからず、尋ねられた書店員さえ頭を掻いて店内を右往左往していた。そこに璃々江が突然口を挟んだのだ。
璃々江の言った通りに素直に進んで行く女性と書店員の後姿を眺めながら、鉄平は焦りを禁じ得ず、思わず手を伸ばした。
「えっ、ちょ、ちょっと待っ……」
本当に、そこにある訳がない。
だって璃々江と鉄平は、この書店に初めてやって来たのだ。しかも江戸縮緬なんて、確か布の種類だとは思うが、裁縫もろくに出来ない璃々江が詳しく知る由もない。
璃々江がとんでもないホラを吹いたと思い、この後の処理をどうしようかと鉄平は目を閉じ天を仰いだ。
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