子犬

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「未来を見た瞬間の、あの子の顔ってば、まるで子犬。」 綾香は、思い出して笑っている。 「ダメなの?王くん。」 綾香は期待を込めた目を、未来に向けている。 実はね、と未来が切り出した時だった。 携帯が鳴った。 青島からだった。 綾香が、出て出てと急かすように言うので、ごめん、と未来は断ってから電話に出た。 「はい。」 「騒がしいな。出掛けてるのか?」 「学園祭に来てます。」 「はっ?」 「この前、王くんが来てたじゃないですか。」 と言いながら、用件までは青島に話さなかったな、と思った。 「留学生くんと一緒か?」 「いえ。王くんは忙しそうに働いてましたよ。私は友達と一緒に来てます。」 「そうか。」 心なしか、安心したような声色だった。 「何かありましたか?」 「来週の件で、食事でもしながらと思ったんだが、今日は無理そうだな。」 「はい。明日なら大丈夫ですけど、明日はどうですか?」 「わかった。また連絡する。」 そう言うと、電話は切れた。 「仕事の話?」 「違う。告白されて、返事、保留中なの。」 「ふーん。」 未来は綾香の顔を見た。 「えっー‼︎」 綾香が大きく目を見開いて、口をあうあうとさせているので、未来は次の言葉を待つことにした。 「聞いてない!」 「今、言った。」 「いつ⁉︎」 「2週間前。」 そっか…そっか…、と綾香は呟いて、何かしら考えているかのように、歩いている。 「何で保留?駄目なら断るよね。」 当然と言えば当然の疑問に、未来は足を止めて綾香を見た。 「来週、仕事関係の忘年会があるらしくて、同伴者として一緒に行って欲しいってお願いされているの。そういう向こうの立場?みたいなところも見た上で、返事をして欲しいって言われてる。」 「でもそもそも男として駄目なら、速攻で断るよね?」 綾香は、立ち止まった未来の方へ振り返ると、言った。 「私は、あの人を拒否できない。」 「何それ。好きか嫌いかじゃないの?」 「好きか嫌いかという表現しか出来ないなら、最初から好きだった。でもそれはあくまでも人としてよ。常に前にいて大きすぎる存在で、私はそれに向かっていけるだけで幸せで。」 なぜか綾香は泣きそうな顔で、未来の話を聞いていた。
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