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「あのー、このタオル、落としました?」
左から男性の声。俺は振り返った。
ありがとうございます、と言おうとして、男性の顔を捉えた瞬間――俺は、硬直した。タオルを渡そうとした人物は、学校でよく見かける顔だった。
「あれ……? お前……一組の白川、だよな?」
先に男のほうが呟いた。その男を、俺は知っていた。二組、隣のクラスの三上という生徒だ。俺自身は、そこまで交友関係は広くないものの、三上は目立つ生徒だったので、俺でも覚えていた。
「……あ、どうも」
同級生に泣いているところを見られてしまった。恥ずかしい。急いでタオルを受け取り、目元を拭く。
三上は、くしゃっと人懐こい笑みを浮かべる。
「白川って、映画好きだったんだなー。ひとりで観に来たの?」
「うん。一人……だけど、いや……そんな、特別好きってわけでも、ない」
今日は、たまたま、ほんとうにたまたま、だ。
「ふーん? そっか」
「……そっちこそ、なんで観に来たの? 一人、だよな?」
見たところ、三上のほうも連れはいなそうだ。
「俺? あー、本当はさ、妹と一緒に見る予定でチケットも取ってたんだけど、妹が体調崩しちまってさ。んで、俺ひとりで」
「ふーん」
三上は、人気者で明るくて活発と言うイメージが強いので、彼がこうしてひとりでいることに、ちょっとした珍しさを覚える。それぐらい、ふだん三上の周りには常に人がいるのだ。
「なぁ白川、このあと暇?」
「え? あー……特に予定はないけど」
ちらりと、腕時計を見る。時間は18時30分。家に帰るには、少し早い。
「じゃあ一緒に晩メシ食わねぇ? 偶然鉢合わせたわけだし。せっかくだからさ」
俺は、いいよと、頷いた。どうせ家に帰っても、やることはない。残念ながら、夏休みの宿題は、夏休みが始まる前に終わらせてしまった。
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