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◆
ブルペンに籠ったままだと気分が晴れないと考えた廉次は、隣接するグラウンドのベンチへ腰を落としていた。
実力がないわけではない。むしろ、一年目のときからチームのエースとして活躍しているのだから、他の選手よりも頭ひとつ抜きん出ている。なら不調か? と聞かれれば、それも違うと答えざるを得ない。恐らく、普段バッテリーを組んでいる眞嶋相手であれば、いつも通りの切れのいい球を投げられるはずだ。眞嶋は怪我でプレーが出来ないから、北宮とバッテリーを組むことになったわけだが。
ここまで球が乱れる理由には、廉次はとっくに気付いていた。
「隣、いいか?」
不意に頭上からかかった声に、廉次は弾かれたように顔を上げた。キャッチャーマスクとプロテクターを外した状態の北宮が、真剣な表情で廉次を見つめている。一拍遅れて、廉次は「は、はい」とどもった肯定を口から吐き出した。
人一人分の隙間を空けてベンチに座った北宮は、廉次の方を向くことなく、再び口を開いた。
「……すまん、投げ辛くて」
「え……?」
いつになく小さな声が、謝罪の言葉を呟く。予想外の言葉に、廉次は無意識に開いた口から、疑問符を吐き出した。
「俺相手だと投げ辛いんだろ? ピッチャーにそんな思いさせるなんて、キャッチャー失格だな……」
「え、ち、違います、違いますよ! 北宮さんのせいじゃなくて……」
「フォローしなくていい。明らかに昨日までと違う球を見せられたら、否が応でも自覚する。そういえば試合中の投球練習も俺だと駄目だったな……完全に俺が悪い」
慌てて首と手をぶんぶんと横に振って否定した廉次だったが、北宮は廉次に視線を遣ると、辛そうに顔を顰めながら口元に弧を描いた。誰が見ても、下手くそな笑顔だ。
違う、本当に違う。北宮のせいではない。
傷付いてるようにも見える北宮の表情を取っ払いたくて、廉次は頭を左右に振り続ける。それを止めるようにぽん、と頭に大きな手が置かれた。
「今から佐山に代えてもらえないか監督に訊いてくる。明日ぶっつけ本番はキツいだろ?」
そう言って腰を上げかけた北宮の胴に、廉次は思わずしがみついていた。驚いたように目を瞠る北宮をベンチに引き戻して、抱き付いたまま声を張り上げる。
「嫌です! 自分は──俺は、北宮さんがいいんです! 眞嶋さんでも佐山でもなくて、北宮さんに受けてもらいたいんですっ!」
胸に秘めていた、思い。初めて北宮の存在を認識したときから、ずっと願い続けてきた。
「みな、み……?」
「球が乱れるのは、その、北宮さんに受けてもらえてるのが嬉しすぎて、テンションが上がってしまうというか……と、とにかく、北宮さんが悪いんじゃないです! むしろ、俺は北宮さんがこの世で一番の捕手だと思ってます!」
「ぶふっ!?」
無我夢中で伝えれば、噴き出したような音が頭上から聞こえた。その後、くくく、と押し殺した笑い声と共にしがみついている身体が揺れる。恐る恐る顔を上げてみれば、眉をハの字にして微笑む北宮が、廉次を見つめていた。さっきよりも、格段にいい笑顔だ。
「この世で一番か。盛大なお世辞ありがとう」
「お世辞じゃないです! 本気で思ってますから!」
ぐりぐりと頭を北宮の脇腹に押し付けると、分かった分かった、と丸めた背中をぽんぽんと叩かれる。本当に分かっているのか疑いながらも廉次は渋々身体を離した。
「そこまで買ってくれてるのは嬉しいが、俺はそんないい選手じゃないぞ」
「いえ、ずっと見てきましたから断言できます。北宮さんは最高のキャッチャーです」
「……何で、そう思うんだ」
問い掛けた北宮の瞳が揺れている。チームの正捕手でもない自分をどうして最高と位置付けるのか、その理由が全く分からないといった様相だ。
廉次は「少し長くなりますけどいいですか?」と前置きして、北宮が頷くのを確認してからぽつりと話し始めた。
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