白球の行方

2/4
前へ
/4ページ
次へ
  ◆  ブルペンに籠ったままだと気分が晴れないと考えた廉次は、隣接するグラウンドのベンチへ腰を落としていた。  実力がないわけではない。むしろ、一年目のときからチームのエースとして活躍しているのだから、他の選手よりも頭ひとつ抜きん出ている。なら不調か? と聞かれれば、それも違うと答えざるを得ない。恐らく、普段バッテリーを組んでいる眞嶋(まじま)相手であれば、いつも通りの切れのいい球を投げられるはずだ。眞嶋は怪我でプレーが出来ないから、北宮とバッテリーを組むことになったわけだが。  ここまで球が乱れる理由には、廉次はとっくに気付いていた。 「隣、いいか?」  不意に頭上からかかった声に、廉次は弾かれたように顔を上げた。キャッチャーマスクとプロテクターを外した状態の北宮が、真剣な表情で廉次を見つめている。一拍遅れて、廉次は「は、はい」とどもった肯定を口から吐き出した。  人一人分の隙間を空けてベンチに座った北宮は、廉次の方を向くことなく、再び口を開いた。 「……すまん、投げ辛くて」 「え……?」  いつになく小さな声が、謝罪の言葉を呟く。予想外の言葉に、廉次は無意識に開いた口から、疑問符を吐き出した。 「俺相手だと投げ辛いんだろ? ピッチャーにそんな思いさせるなんて、キャッチャー失格だな……」 「え、ち、違います、違いますよ! 北宮さんのせいじゃなくて……」 「フォローしなくていい。明らかに昨日までと違う球を見せられたら、否が応でも自覚する。そういえば試合中の投球練習も俺だと駄目だったな……完全に俺が悪い」  慌てて首と手をぶんぶんと横に振って否定した廉次だったが、北宮は廉次に視線を遣ると、辛そうに顔を顰めながら口元に弧を描いた。誰が見ても、下手くそな笑顔だ。  違う、本当に違う。北宮のせいではない。  傷付いてるようにも見える北宮の表情を取っ払いたくて、廉次は頭を左右に振り続ける。それを止めるようにぽん、と頭に大きな手が置かれた。 「今から佐山(さやま)に代えてもらえないか監督に訊いてくる。明日ぶっつけ本番はキツいだろ?」  そう言って腰を上げかけた北宮の胴に、廉次は思わずしがみついていた。驚いたように目を(みは)る北宮をベンチに引き戻して、抱き付いたまま声を張り上げる。 「嫌です! 自分は──俺は、北宮さんがいいんです! 眞嶋さんでも佐山でもなくて、北宮さんに受けてもらいたいんですっ!」  胸に秘めていた、思い。初めて北宮の存在を認識したときから、ずっと願い続けてきた。 「みな、み……?」 「球が乱れるのは、その、北宮さんに受けてもらえてるのが嬉しすぎて、テンションが上がってしまうというか……と、とにかく、北宮さんが悪いんじゃないです! むしろ、俺は北宮さんがこの世で一番の捕手だと思ってます!」 「ぶふっ!?」  無我夢中で伝えれば、噴き出したような音が頭上から聞こえた。その後、くくく、と押し殺した笑い声と共にしがみついている身体が揺れる。恐る恐る顔を上げてみれば、眉をハの字にして微笑む北宮が、廉次を見つめていた。さっきよりも、格段にいい笑顔だ。 「この世で一番か。盛大なお世辞ありがとう」 「お世辞じゃないです! 本気で思ってますから!」  ぐりぐりと頭を北宮の脇腹に押し付けると、分かった分かった、と丸めた背中をぽんぽんと叩かれる。本当に分かっているのか疑いながらも廉次は渋々身体を離した。 「そこまで買ってくれてるのは嬉しいが、俺はそんないい選手じゃないぞ」 「いえ、ずっと見てきましたから断言できます。北宮さんは最高のキャッチャーです」 「……何で、そう思うんだ」  問い掛けた北宮の瞳が揺れている。チームの正捕手でもない自分をどうして最高と位置付けるのか、その理由が全く分からないといった様相だ。  廉次は「少し長くなりますけどいいですか?」と前置きして、北宮が頷くのを確認してからぽつりと話し始めた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加