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長々と話し終えた廉次は、乾いた喉を傍にあったスポーツドリンクで潤し、膝の上で組んだ手に視線を落とした。外の気温もあるのだろうが、それにしても異常なほど顔が火照っている。秘めていたものを本人に向かって出すのはここまで恥ずかしいものなのか。
「ってことで……北宮さん相手だと嬉しさが暴走するというか、なんというか……ほら、憧れの人が目の前にいると緊張するじゃないですか……」
「……」
「北宮さん?」
ごにょごにょと呟いていた言葉に全く反応がないことを不審に思い、廉次が北宮の名前を呼ぶ。それでも返事がなく、仕方なく赤い顔を上げれば、北宮も廉次と同じような色になっていた。
「え、北宮さん」
「ち、違う。これは外が暑いからで……」
「で、ですよね」
「……南がそこまで俺を見てくれてたなんて知らなかった」
「多分黒岩コーチしか知りませんよ。あの人にいつも試合の動画もらってたので」
「……そうか」
会話が途切れ、夕方から夜に変わる空に吹く風の音が、やけに大きく響く。正直ストーカーちっくなことをしていたのではないかと、廉次が不安になっていると、ぼそりと北宮の方から言葉が聞こえてきた。
「……俺も、本当はもっと前から知ってたんだ、南のこと」
「……へ?」
間抜けな声が零れた。北宮が、自分を前から知っていた?
それはこそこそと試合に足を運んでいたからなのか、黒岩コーチが実は北宮に廉次の存在を教えていたからなのか。ぐるぐると仮説が廉次の頭の中を回る。
しかし、北宮が告げた事実は、そのどちらでもなかった。
「甲子園で南が投げてるのをたまたまテレビで見て、鳥肌が立った。天才ってこういう奴のことを言うんだと思った。絶対こいつの球を受けたいって、そうずっと願ってた。まあ、俺は願うだけで行動には移せなかったが」
「え、え、ええええええ!? じゃあ俺たち、両想いだったってことですか!?」
驚きで声量のつまみは壊れてしまった。鍛えられた腹筋によって放たれた大声が、誰もいないグラウンドに響き渡る。幸いなことに、それを耳にするのは廉次と北宮しかいなかった。
北宮は苦笑いしながら、廉次に返答した。
「語句のチョイスが怪しいな。……まあ、そういうことだろ」
「……ブルペン戻りましょ。今なら最高の球投げれる気がします」
すくっと立ち上がった廉次に、北宮は優しげな視線を向ける。いつも向けられていたあの鋭い視線は、見る影もない。
「はは、大丈夫か? 俺限定のイップスはもう止めてくれよ」
「イップス改善しました!」
「よし、じゃああと二十球。いけるか?」
「いけます!」
廉次に続いて腰を上げた北宮の腕を引き、ブルペンへ二人で戻った。
防具をつけてホームベースの向こうへ座った北宮が、内角低めの位置にミットを構える。大丈夫。もう、迷うことはない。マスクから覗くあの瞳に、全幅の信頼を預け、廉次は思いっきり腕を振った。
今までで、一番高い音がブルペンに木霊する。北宮のミットは、投げる前と同じ場所にそのまま存在していた。その中に、白球を包んで。
「ナイスボール!」
マスクを上げた北宮が、零れるような笑顔でそう叫んだ。つられて、廉次も顔を綻ばせて「ッシャアッ!」とガッツポーズを決めながら声を張り上げる。
この瞬間、廉次は確信した。北宮も、同じように確信してくれているはずだ。
間違いない。このバッテリーは最高の夫婦になる。
End.
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