千願あれど

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「ミムロさま、あの子の  お母さんの怪我は  どうなのでしょうか?」 弟狛犬・セイが問う。 「命に関わる怪我ではないらしい。  あと暫くで帰ってこれると、  漬物上手のオバサンが  噂をしていた」 「憎々しきはその母親を  轢き逃げした車、運転者で  あります!ひっ捕まえて  地獄の苦しみをトクと  合わせてやらねば!」 兄狛犬・ドウは今にもその犯人に 食らいつきそうな大口を開けて 地を這うような唸りをあげた。 「それも直に捕まるような気配と  南天の屋敷のじぃさまが  おっしゃっていたよ」 「それはよろしゅうございました」 セイはドウを宥めるように 何度も頷いた。 「ああ・・・よかった・・・  よかったよ・・・あの子の願いは  叶えてやれる・・・叶えて、ねぇ」 「おや?ミムロさま、  何故、浮かぬ顔を?」 台座を下りたドウは ミムロのそばへ。 セイもその反対側へと ミムロに寄り添い・・・ 「また・・・お悩みが  始まりましたねぇ・・・」 優しく微笑んだ。 「『神様、お願い』と  柏手打つが、聴こえると  命の縮む思いだ・・・」 もっとも、アツシマミムロは この社の神であるから “命”が縮む・・・無くなることは ないのだけれど・・・、 この不死の運命の神であるが故、 アツシマミムロは幾千万の喜怒哀楽に 胸を痛める日々なのだ。 「情けないのだよ、私は。  ほら、その休憩所の傍らの  一輪の薔薇ですら、誰の  御世話も戴けなくとも  健気に咲いていると言うのに」 アツシマミムロの指す方を 狛犬兄弟が目をやると まるで座っているように 淡い桃色の秋薔薇が たった一輪、咲いていた。  
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