千願あれど

9/14
前へ
/14ページ
次へ
「ああ、やっと着いたぁ!」 青年は静かに老婆を 休憩所の長椅子に下ろして 汗を拭った。 「ありがとう。  重かったでしょ?」 「そうだね、曾祖母ちゃんは  百を越えてるけど、なかなか  しっかりした身体だから」 青年は曾祖母の背を撫で笑った。 「ああ・・・懐かしいわあ」 老婆は宮の隅々までも ぐるりと見渡し、 「ここであなたの顔を見ると  月日が経ったことなど  忘れてしまいそうですよ」 曾孫の青年に、亡き夫が重なると 老婆の頬に涙が伝う。 「この村にお嫁にきたときを  思い出した?」 曾孫の娘が問いかけると 「お嫁にきて、あなた達の  曾祖父さまと、よくきたわ、  このお宮・・・・大家族だった  から、二人になる場所なんて  家の中ではなかったもの」 「デートタイムだったのね」 微笑む娘はまったく老婆の 若い頃に生き写し。 (そうであった・・・・  若い二人はその階段で  夕暮れの村を見ながら  頬寄せて飽くことなく  いつまでも語らっていた) アツシマミムロの脳裏には あのときの二人の背中が 浮かんで、またもや胸が哭いた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加