魔道書修理屋の事情

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 ……成程。  十年前に国をちょいと騒がせた、アカデミー最年少首席ってのは、あんたかい。入学試験の魔力測定で、測定器の針を振り切らせて壊したってのは、もっぱらの噂だよ。  卒業の時に、恩師からこの魔道書をもらったんだね。綺麗なひとだ。顔だけじゃあないよ、心もだ。教師ってのは、おおかた驕っていやーな顔になってゆくもんだが、このひとは、そんな暗さが何も無い。今時珍しい、本当に生徒の為に心を砕くひとだ。  天才少年だってもてはやされて、羨まれもするあんたを、陰に日向に、周りの口さがない批判から遠ざけてくれたんだね。そりゃあ、惚れもするだろう。  だけどあんたは天才といえどひよっこ。相手は一回り以上年上のアカデミー教師。釣り合うには、見合う実力を見せつける必要があった。  だからあんたは、城付き魔道士になったのか。王宮で名声を高めてゆくのは、あんたの目標には近道だからね。  それにしても、大分無茶をしたようだね。  初陣でキマイラ退治。その後も、海賊殲滅、辺境の魔道障壁の大修復、禁書の解読。どれもこれも、若手がやることじゃあない。荒事に慣れて、魂もすり切れて、怖いものを怖いと思えなくなるほど感覚が麻痺した、ベテランがやる事だよ。  それだけ早く、恩師と並び立ちたかったのはわかるよ。だがね。……ああ、いや、これはババアの余計な口出しだあね。口より手を動かす。はいはい。  ともかく、あんたはその任務にこの魔道書を手放さなかった。恩師が手の中にいるかのように、大事に大事に扱った。一ページ一ページ込められた、あんたの魔力の痕跡から、よく伝わってくるよ。  そしてあんたはやっと恩師に手と想いが届いた。年の差に誰もが驚いたけれど、祝福してもらえて良かったじゃあないか。  そうかい、そうかい。来月かい。それで心機一転、生まれ変わった魔道書で更に仕事に励もうってわけなんだね。父親がぼろっぼろの魔道書で戦うのも、格好がつかないからねえ。  まったく、妬ける話だが、絵に描いたような幸せな話も、あたしは嫌いじゃあないよ。魔道士が荒事に駆り出されるこの殺伐とした世の中にしては、良いしらせだ。
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