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ひとの過去をべらべら喋られて恥ずかしい?
何言ってるんだい。この店には今、あんたとあたしの二人きり。誰にも照れ臭いわけじゃああるまいに。
……仕方無いねえ。じゃあ、特別サービスだ。ひとつ与太な昔話をしてあげよう。
あんたがアカデミーに入るずっと、ずうっと前だ。アカデミーに二人の生徒がいた。
一人は強力な魔法を沢山知っているのに、それを使いこなすだけの魔力の器が小さくて、知識を持て余していた少年。もう一人は、前代未聞の魔力量を持っているのに、それを魔法として現出させる事ができなかった少女。
アカデミーも相当困ったそうだよ。実戦の役に立たない二人を在籍させていて良いものかって。
そこで、魔力量の多い少女は考えた。自分で自分の魔力が使えないなら、他人に引き渡せば良いんじゃないかって。
その生徒は、寝食も惜しんで魔道書の製作を始めた。エキュー馬の革。ハルロン用紙にカトス銀インクで書いた呪文。留め具には、太陽に照らす事で魔力を増強する、真っ赤なサンストーン。
大好きな友人の為に作り上げた、たった一冊の魔道書は、落ちこぼれになりかけたその友人を、強力な魔法を行使する、稀代の魔道士に仕立て上げた。
やがて二人はアカデミーを卒業し、魔道書を持った少年は城付き魔道士になって、大いに名声を挙げた。魔道書を作った少女は王宮に頼まれて、幾つも幾つも、自分の魔力を分ける魔道書を作った。
卒業後も、二人の縁が切れる事は無かった。少年が持つ魔道書は、込められた魔力が切れれば、少年をただのでくの坊に戻してしまう。少年は、たびたび少女のもとを訪れて、魔道書の修理を頼んだ。
少年が渡す魔道書はいつもぼろぼろだった。それこそあんたが持ち込んだ、この魔道書もメじゃあないくらいに。だけどそれが、少年が魔道書を大事に使って、少女の分まで戦ってくれている証拠だと思って、少女は嬉しかったね。
だけど、国は驕った。少年の魔法が無尽蔵じゃあない事を、軽視したんだ。
ある年、ある都市を魔物の大群が襲った。国は青年になった少年を筆頭魔道士として、都市防衛に送り込んだ。
彼が携帯する魔道書に込められた魔力量は、普通に魔法を行使する分には半年くらいほっぽっといたって問題は無い。だけど、連続した戦いなんかに使ってたら、保って二週間。
一月経っても、青年は戻ってこなかった。結局都市が壊滅したというしらせだけが届いて、もう少女と呼べない女は、泣きじゃくって、国を罵る言葉を、呪詛を叫び散らしたよ。
でも、泣いてばかりじゃあいられない。女は考えた。
自分の一番の友人だった青年のような犠牲者が増えないように、魔道書を修理することを生業にしよう、と。新品同様にしっかり手入れをして、想いと共に魔力を込めて。魔道士達が、少しでも死から遠ざかるように、と。
無駄なことだと笑う奴もいる。所詮持つ者が安全な場所からへらへら過ごしてるだけだって卑下する奴もいる。
それでも、あたしは、構わない。
あんたみたいに、あたしを頼って、大切な人の為に生き残ろうと思ってくれる魔道士がいるだけで、あたしは、あたしのしている事が無駄なんかじゃあないって、噛み締めることができるから。
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