第1章 「女官か騎士か」

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 これが十四歳になったばかりの、少年の本音であった。  湯浴みを終えると、他の女官同様に絹の白ドレスを纏い、女として振舞い出す。背が百七十センチと高く、細いルナのドレス姿は良く映え、神殿でも1、2位を争う眩しさを放っていた。  「姉さま!」  白亜の廊下を歩いていると、後ろから可憐な声が自分を呼んだ。そこにいたのは、たった一人の血を分けた肉親。妹ディアナであった。  「おやディアナ。音楽の試験は終わったのかい?」  「ええ!今回も、勿論、一位でしたわ!」  そう言って笑顔で自分を見上げるディアナは、妹ながら非常に愛らしいとルナは思った。アルテミス率いる、別名、月神殿には、その名の通りに月を思わせるクールな美しさを誇る者が多いが、ディアナの持つ魅力は他の女とは一味も二味も違った。小柄な体格も相まって、彼女は大変、可愛らしい顔立ちをしていたのである。  丸く形良い顔は、透き通るような肌を所持しており、そこに埋め込まれた目はクリクリしており愛くるしい。兄のルナの瞳は深緑色だが、ディアナの瞳はライトグリーンで、ガラス玉のごとくキラキラと愛嬌を振りまいている。月よりも、花の可憐さを体現したようなのが、愛するこの妹君なのであった。  「お前の歌とダンスは天下一品だからね。きっと、女官試験にも合格して1番の女官になるだろうよ」  「勿論ですわ!とは言ってもわたくし、姉さまみたいに騎士にも憧れがありましたのよ」  そう言って、桜色の唇の横にエクボを作るディアナの、なんと無邪気な事か。  「ほほう。お前が騎士?その小さな体じゃ、無理だろうよ。おチビさん」  「まぁ!姉さまったら、わたくしの事をバカにして!こう見えて、体術も中々、優秀でしてよ!」  幼い子どものように、ディアナはポンポンとルナを軽く小突いた。国を失くしたこの身だが、この妹とは離れずにいられて良かったと、ルナはしみじみ思う。  「悪かった、悪かった。でも、本当に頑張ったね。アルテミス様も、お前みたいな女官がいてくれたら、神殿が賑わって嬉しいだろうよ」  「・・・ええ、わたくし、ニンフや半神の皆様には、負けたくありませんの・・・」  急に真面目な声色になったディアナの表情に、ルナは妹の苦悩を読み取った。月の神殿では必修科目以外は選択制で、妹とは被らない授業もあったが、自分達に向けられる視線の冷たさには、ルナ自身も気が付いていた。  「あのルナって娘、神の血を受け継いでいないどころかニンフでもない、ただの人間だそうよ」  「フン。そんな卑しい身分で、よくもこの神聖なアルテミス神殿に、ノコノコ足を踏み入れられたものね」  座学の授業の時、容赦なく大きい声で、自分を揶揄する声が飛んでくる。悔しいが、これで動じては負けだと思った。気にせず、板所をノートに取り、勉強に専念した。  「たかが人間如きが、ここで高尚な教育を受けようだなんて、図々しいにも程があるわ」  「まさか、教育課程を終えた後は、アルテミス様やセレネ様にお仕えするつもりじゃないでしょうね?」  「まさか!そんなの、絶対に許せないわ!まぁ、あのルナって女も妹も見た目は悪くないみたいだから、さしずめ、ゼウス様の慰み物にでもすればいいんじゃないの?」  ふざけるな。ディアナはお前らなんかより、よっぽど綺麗だとルナは思った。外見も、内面も、よっぽど。  「そうね。ゼウス様は、若い女が大好きだから、この神殿の女官達もチョイチョイつまみ食いなさろうとするのよ。だから、あの娘達には生贄になって貰えば良いじゃない」  「アハハ。それもそうね」  クスクスと嘲笑する笑い声に耐え、歯を食いしばった。今に見ていろ。神の血なぞ引いていなくても、良い成績を修めてやる。誰よりも、強い騎士になってやる。  悔しさが募るほど闘志が湧き、ルナは誰にも負けてはならないとの信念を高めていった。恐らくディアナも似たような目に合い、そのコンプレックスをバネに、ここまで来たのだろう。
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