第1章 「女官か騎士か」

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 「姉さま、騎士になったら闘いで大変な事もあるでしょうが・・・ディアナは応援しております。いえ・・・兄さま」  周囲には誰もいなかったが、ディアナは誰にも聞こえぬ位、小さな声で、ルナの耳元で囁いた。彼女もアルテミス同様、ルナの正体を知る一人である。  「ああ、そうだね。一緒に頑張ろう」  ディアナの背にグルリと手を回し、ルナは優しく妹を抱きしめた。  同じ悩みを、同じ孤独を共有する二人は、無言の内に癒しあっていた。  「セレネ様、私、やはり納得いきませんわ。人間の二人が、分岐試験を受けるだなんて」  セレネの聖域にて、そう主張するのはダプネであった。騎士のダプネは、軍服に身を包み、黒色のスカートから伸びやかな健脚を露わにしていた。女官達の衣装は白だが、騎士達の衣装は黒と統一されている。彼女の赤毛が黒によく映えており、怒り顔ながら、ダプネは勇ましく、美しかった。  「何故ですの、ダプネ。貴女はそんな風に、自分の考えを人に押し付ける人ではなかったハズですよ。ルナもディアナも、神の血を引いていないとは思えない程に、ずば抜けた成績を修めているではありませんか」  「しかし・・・」  目の前で、大きな水晶を覗き込むセレネは冷静沈着で、一切取り乱さない。セレネは月の女神である他に占術にも長けており、常日頃、こんな風に占いも嗜んでいる。黒髪の分けられた額には、ムーンストーンのアクセサリーがユラユラと優雅に揺れていた。  「それとも、貴女はアルテミス様を奪われたようで、面白くないのですか」  「えっ」  セレネの言葉に、本心を覗き込まれたかのようで、ダプネはゾクッとした。  ああ、この人はアルテミス様に負けず劣らず美しいけれど、こんな風に人の本質を突いてくるから、苦手だわ。  「神に仕えるには、確かに清らかな信仰心が必要です。でも、貴女のように、想いが行き過ぎる余りに、独占しようとするのは危ないですよ」  「そんな・・・」  私のアルテミス様への崇拝心を、こんな風に言うなんて・・・。頭を鈍器で殴られたかのようなショックに打ち震えていると、外から「キャー!」と女官達の声が聞こえてくるではないか。  「何事!」  「侵入者がいるようです」  セレネは水晶玉を見て呟き、ダプネと共に大急ぎで部屋の外に出た。するとそこには、半獣サテュロスの軍団が押しかけており、女官達に襲い掛かろうとしていた。山羊のような姿をして、常に酔っぱらっている、好色なサテュロス。こんな、おぞましい存在が、この神聖な園を襲うだなんて・・・。  「おっ!こっちにも良い女がいたぞ!」  「セレネ様、私の背後に!」  ダプネはそう言うと、サテュロスに勢いよく矢を放った。運良く矢は命中し、サテュロスは白亜の床の上で「うっ!」と苦しみ始めた。  「ありがとうダプネ。私の事は大丈夫ですから、次はアルテミス様のお部屋へ・・・」  「アルテミス様!」  ダプネはハッとして、全速力でアルテミスの聖域に向かった。途中では沢山のサテュロス達と女官・騎士の争いが繰り広げられていたが、こんなのには構っていられない。この神殿で一番大切なのは、アルテミスなのだから。あの方だけは、決して穢されてはいけない。あの方は清らかな月そのもの。私の全てなのだから。  だが、ダプネの願い虚しく、アルテミスの聖域には既に、サテュロスのボス・パーンが忍び込んでいた。  「へへっ。この神殿は良い女だらけだと思ったが、やっぱりアルテミスはその中でも最高だなぁ」  酒臭い息を、ハアハアと興奮気味に吐きながら、パーンはアルテミス聖域の中をズンズンと進んでいった。この空間には、ジャスミンや白薔薇などが麗しくセンス良く飾られており、芳しい香りを漂わせていた。だが、パーンの鼻には、少々匂いがキツ過ぎる気がした。まぁ、良い。とびきりの上玉を押し倒して、官能の渦に飲み込まれれば、そんな些細な事も気にならなくなるだろう。
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