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「やだ・・・。来ないで・・・」
長い髪を床に垂らして、麗人は目を潤ませてその場にしゃがみ込んでいた。ドレスから覗き出た太ももにケガをしているから、誰か他のサテュロスにでも攻撃されたのだろう。命からがら部屋に逃げて来たのだろうが、ボス・パーンに見つかるとは運が悪かった。
今まで誰にも犯された事のない、純潔そのものの乙女を貫く。これ以上の悦びがあるだろうか?パーンは舌なめずりしながら、恐怖を煽るように、ワザとゆっくり近づいていった。
周りに女官や騎士もいないし、益々運が良い。背が高く、髪の長い絶世の美貌。月形の飾りが頭部で輝いており、これから襲おうとしている相手を更に麗しく魅せていた。
「泣いちゃって、可愛いねぇ。でも、これからもっと泣かせちゃうよ。ヒヒ」
「やっ・・・」
サテュロスは荒々しく押し倒すと、乱暴にその唇を己のそれで塞いだ。さぁ、これからお楽しみの時間だ。そう思ったところで、彼の身体に異変が現れた。
「うっ・・・ぐええええええ!」
「アルテミス様!」
ダプネがバンッと部屋の戸を開けると、そこには地獄絵図が広がっていた。
「え・・・」
血を吐いて、床の上でビクンビクンと体を震わす醜いサテュロスと、ドレスを着てゼイゼイ息を荒げる・・・アルテミス女神の格好をしたルナ。
「ルナ!」
玉座の後ろから、アルテミスは駆けて来ると、傷付いたルナを抱きしめた。
一体、これは何?どうして人間如きが、アルテミス様のドレスを着て、アルテミス様の髪飾りを付けているの?しかも、あんな風に、アルテミス様の腕の中に抱かれてー。
「これはどういった状況です?」
遅れてセレネも駆けつけ、固まって口がきけないダプネの代わりに問いかけた。サテュロスは今にも息絶えようとしている。
アルテミスの後ろから何人かの女官と騎士も現れ、涙で頬を濡らしていた。
「ルナが、私達を守るために、部屋に花を敷き詰め、強すぎる匂いで我々を隠したのです。その後は自分が囮になると言って、私の服と髪飾りを身に着け、自らの足に傷までつけて・・・」
泣きながら説明するアルテミスに、セレネは疑問を投げかける。
「でも、どうしてサテュロスは死んだのですか?何処にも、武器は見当たりませんが・・・」
「ルナが自らの口に毒を含んで、口付けの際にサテュロスの口に押し込んだのです。ああ・・・、私を守るが為に、こんなに傷付いて・・・」
アルテミスは泣いて、ルナをひしと抱きしめた。普段は気高く、弱みなぞ決して見せない彼女のこんな顔を見るのは、皆、初めてである。ルナはダメージこそ食らっていたが、命に別状はないようだった。
「泣かないで・・・ください、アルテミス様・・・。私は常に、毒を少しずつ摂取しているので、多少の毒ならば、死にま・・・せん」
「何故、そこまでして・・・」
アルテミスの海色の瞳は、涙で潤んでいた。
「貴女を、守るためです・・・」
その言葉に、ダプネの体中の血が逆流しそうだった。
たかだか、人間の分際で・・・。私のアルテミス様に・・・。
横にいるセレネもまた、複雑な気持ちでいた。
男であるルナが、人間であるルナが、ここまで女神に崇高心を持てるだなんて・・・。
アルテミス・ディアナと共にルナの秘密を知るセレネは、自分の過去とルナを重ね合わせていた。
この人を、アルテミス様を、命に掛けて守る。綺麗すぎる瞳を見つめながら、女神の涙に濡れながら、ルナは心に改めて、そう誓った。
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