第2章 「古代、月の女神」

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第2章 「古代、月の女神」

 「貴女が、新しいアルテミス神殿の女官志望者ですね」  「はい。エウロペと申します」  アルテミス神殿には、定期的に女官志望者がやって来るが、本日もまた一人、うら若い乙女がやって来た。その顔合わせはセレネの役目であり、玉座に座るセレネを仰ぐように、エウロペは膝をついて頭を下げていた。  「女官になるには、二年間、神殿でみっちりとカリキュラムを受けます。大変な事も多いですが、頑張って下さいね」  「はい・・・」  そう言ってエウロペが顔を上げた途端、今までカーテンに顔の隠れていたセレネが、その姿をスッと現した。予想以上のその美しさに、乙女エウロペは目を丸くさせ、肌を紅潮させた。  ブルーのドレス姿の、黒髪の美女。夜空を閉じ込めたかのような、煌めく瞳は優し気で上品。華やかというよりは、青白い月の神秘さを表したかのような・・・。ああ!なんて綺麗なの!  「私、やっぱり、アルテミス様じゃなくて、セレネ様の女官になりたいです!」  「え?な、何を言っているんですか?」  突然の発言に戸惑うセレネを置いてけぼりで、エウロペは熱に浮かれて続ける。  「もう私の心は、セレネ様一筋です!一生掛けてお仕えします!」  「って、ちょっと・・・。ええ・・・」 今回のように、セレネの魅力に胸を撃たれ、セレネの女官に志望変更する者も多い。  「はっはっは。では、そのエウロペという乙女は、一瞬でセレネに恋した訳ね」  瑞々しい葡萄をつまみ上げながら、アルテミスは朗らかに笑ってみせた。セレネ聖域にて、アルテミス・セレネの二人はお喋りを楽しんでいた。芳醇な葡萄酒の香が部屋中を包み、否応がな和やかな気持ちにさせてくれる。  「もう。アルテミス様ってば、笑い事ではありませんよ。大体、私に仕える女官など、そう何人も必要ないといいますのに・・・」  気が付けばセレネの女官、別名セレネファンクラブは八十人を超えようとしていた。ちなみに、アルテミスの女官・騎士は総勢百人であるから、その人気ぶりが分かるだろう。  「フフ。お前は私と違って優秀だからね。身の回りの事も、何でも自分で出来てしまうものね」  「いえ、仕事が少ないだけです」  「フフ。そんな風に、謙虚な所も、セレネファンクラブの萌え所ね」  「もう、アルテミス様ってば・・・」  セレネが恥ずかしがっている所で、部屋をノックする者が現れた。男人禁制の神殿絶対の秘密だが、この神殿唯一の黒一点、ルナであった。  「アルテミス様、セレネ様、失礼致します。今宵の月回廊の準備が出来ましたので、お呼びいたしました」  「あら。もうそんな時間。セレネ、今夜は貴女の番ね。よろしく」  「ええ、アルテミス様。行って参ります」   セレネはすくっと立ち上がると、ムーンストーンのロッドを持ったルナと共に廊下に出た。光るムーンストーンは、暗い時の神殿では松明の役目を持つ。ルナは「何をお話していたんですか?」とセレネに尋ねた。女神が先ほどの会話を話すと、ルナも笑わずにはいられなかった。  「あはは。モテモテですね、セレネ様」  「もう、貴方まで、そんな風に笑って」  セレネは恨めしそうにルナを見たが、黒目勝ちな瞳は慈愛そのもので、セレネには申し訳ないが全く怖くなかった。  「褒めているんですよ。セレネ様。だって、貴女様もアルテミス様といずれもアヤメかカキツバタ。本当にお綺麗ですから」  「フン。褒めたって何も出ませんよ」
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