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1. きっかけ
「あ」
ぽたぽたと垂れる絵の具を、とっさに袖口で受け止める。そんな自分の行為に、気の抜けた呟きをもらしてしまった。見る間に鮮やかな色が白いワイシャツを染めてゆく。
「どうした隆志、って、うわ」
美術部の部長、加藤が僕の惨状を見て眉をひそめる。
「馬鹿だなー。なんでそんなに垂れるほど、絵筆に水分含ませているんだよ。早くそれ、洗わないと」
加藤のお説教のような忠告は、背後からのガツンという音に途切れてしまった。その机と人のぶつかる痛そうな音に、慌てて二人振り向く。けれど机にぶつかった本人はそれよりも重大な出来事にぶち当たったような表情で、僕の袖口を指差していた。
「どうしたのそれ、大丈夫?」
見知らぬ女の子。けれどあまりにも真剣な表情に気押されて、言葉も無くこくりとうなずく。
「そんなに血が出ている。保健室に行った方が」
「……これ、絵の具をこぼしただけだから」
なんとかそう説明すると、安心させるように袖口をひらひらと振ってみた。
「なんだ。良かった」
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