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そう言って、彼女が笑顔を見せる。純粋に、初めて出会う人間を心配し、大事が無かったことを喜ぶ表情。一瞬そんな彼女に見とれ、それから僕はぎくしゃくと歩き出した。
「シャツ、洗ってくる」
「水彩で良かったな。きっちり流水で洗っておけよ。すぐ染みになるから」
加藤の妙に具体的なアドバイスを背中で聞きながら、美術室の端にある流しで袖口をすすいでいく。目の前の窓から見えるのは、グラウンド。学校の敷地を囲うフェンス。フェンス越しの街路樹は、秋だというのにまだ緑の葉を茂らせている。そしてその向こうには民家。遠くで山の稜線がぼんやりと存在を示し、空には夕日が落ちていた。
無意識のうちに、手のひらを夕日に透かしてみる。赤く流れるのは、僕の血潮。けれどそのまま視線をずらし袖口を見てみれば、そこに飛び散るのは鮮やかな青い、青い空の色。
「どこが、血?」
小さく自問すると、そっと後ろを振り向く。けれど彼女の姿はすでになく、加藤が本日の自主的課題、円柱とリンゴの続きをスケッチブックに写しているだけだった。
「加藤ー」
「ああ?」
面倒くさそうに加藤が返事をする。
「今の、誰?」
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