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 私は読んでいた小野不由美先生の愛読書『残穢(ざんえ)』をリュックにしまうと家路についた。それにしても柚子穂が急に私を呼び出すなんて珍しいわね……そう考えながら私は家来である柚子穂の嘆願のさきにある何らかのハプニングを予感していた。  帰宅した私は龍源寺に着替えを用意させた。私は普段着にしている牛革の上下と黒いマントを脱ぐとピンクの可憐なオフタートルチュニックとジーンズに着替えた(本当はスカートをはきたいのだけれど、お父様から強く反対されているため、わが家にはスカートの類はない)。  私を銀座まで送っていくのはもちろん龍源寺の役目だ。わたしはベンツの後部座席に座り、リラックスした。 「龍源寺、ザギンに飛ばして」 「はは!」  まさに阿吽の呼吸だ。龍源寺の脳内では銀座はイコール、コロンゾンなのだ。私たちのあいだに余計な言葉はいらない。  なんだかんだで道は混んでいたが、正午過ぎにコロンゾンに着いた。柚子穂との約束は3時だがなんの問題もない。なぜなら土曜日の昼食はたいていコロンゾンでナスと明太子をあしらった麻婆豆腐パスタをいただくことが習慣になっていたからだ。  そして食後のティーをいただきながら、やおら書架にある中井英夫先生の『虚無への供物』を手に取る。そこからは私の至福の時間が始まる。私は『虚無』の世界観にどっぷりと浸かり、そして全身をデトックスするのだ。  柚子穂が馳せ参じるまでの時間、私はゆっくりと中井ワールドを堪能し、そして充足の極みへと達するのだ(……素敵な週末ね)。
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