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第3話 席替え
「代表者、前でろー」
翌週最初のロングホームルーム。二年A組の教室では席替えが始まろうとしていた。
クラスの人数は男女合わせて三十四人。座席は六列編制。各列の代表者がじゃんけんをして、勝った順にその列の生徒がくじを引いていくことになった。一年のときは廊下側の先頭と窓側の最後尾がじゃんけんをして勝った側から引いていくという、中央付近に座る者にとってはおもしろみのない順番決めが定番だったので新鮮だ。
どの列も多少は誰が代表するか相談しているなか、廊下側から二列目、鬼の列の代表者だけは相談なし、ノータイムで立ち上がった。前に出たのはもちろん鬼。
うちの列からはお調子者の花島が代表して教壇前に立った。
「恨みっこなしだぞ。はい、じゃーんけーん」
「え?」
「最初はグーでしょ」
じゃんけんの掛け声を仕切ろうとした村田先生を非難する代表者たち。
「先生ちょっと黙ってて」
鬼にそう言われ、村田先生はすんなり従った。
最初はグーの掛け声でじゃんけんは仕切りなおされた。一番に勝ったのは窓側の列。その次に花島が勝ち、うちの列はささやかに盛り上がる。その次に鬼が勝ち、勝ち誇った顔つきで席へ戻った。最後にふーちゃんが勝利し、順番決めじゃんけんは廊下側の列が勝つことなく終了した。
窓際の列の五人が前から順にくじを引いていく。山崎さんが最前列を引き当て笑いが起きた。そして自分たちの番が回る。彼女たちと入れ替わりで前に出た。
どこの席がいいというより、和泉さんの近くになりたい。近くになれれば会話のチャンスもきっと増える。だからおれが引くべきは和泉さんが近くになる確率が高い、四方八方に空席がある席。逆に、確立が低くなる外周の席は避けたい。
先頭から順に引き、自分の番になった。村田先生が紙のくじを入れた底の浅いプラスチックかごをにやにやしながら差し出した。おれは先生から視線を外し、最初に目についたくじを引いた。二つ折りにされた紙片をその場で開く。9と書かれていた。
黒板に目をやる。新しい席は廊下側から二列目、後ろから三番目の席だった。いいポジションだ。ラッキーなことに周囲全席空いている。思わず口角が上がり、慌てて平静を装う。黒板に書かれたマス目に自分の名字を書き込み元の席に戻った。次は和泉さんたちの番。
まずは鬼がくじを引いた。和泉さんの席を埋めてくれるなよ、と黒板に向かう鬼の背中を見つめる。
鬼は窓側から二列目、後ろから三番目の席にあたる空白マスに「阿部」と書き込んだ。おれの三つ隣の席だ。和泉さんが隣になる確率を下げられなかったこと、和泉さんが隣で鬼も近くという、話しずらくなりそうな事態を回避できた二重の意味でおれは胸をなでおろす。
ここまでは完璧だ。四方八方がまだ空席なのもおれの席のみ。つまりおれは今このクラスの誰よりも、和泉さんの近くに座れる可能性を持っている、はず。
飯野さんがおれの前の席を引き当てた。
大丈夫、まだ周囲七席も空いている。全体では残り二十一席。……意外と多い。
和泉さんを目で追う。
くじを引いた和泉さんは一瞬手元に目を落とし、無駄のない動作でチョークを手に取り、迷いなく黒板の左側へ移動した。
和泉さんの席は窓際の前から二番目になった。
おれの中で何かがはらはらと散った。
結局指をくわえて見ている側になるのか。和泉さんの周囲の席を引き当てた子たちが羨ましい。席替えのチャンスはいずれまたやってくるというのに世界の終わりを垣間見たような気分だ。
こういうのは願ったらダメなんだろうか。願いの強さは偶然を遠ざける。誰かが願う幸運は、得てして望まぬ誰かに引き寄せられる。そんな気がしてならない。
見回せば、みんなは席替えの結果を素直に喜んだり残念がったりしていた。仲のいい友達の近くになりたいとか、単純に後ろの席がいいとか、そういう純粋でさっぱりした目をしたやつらばかりだ。なんだか自分が恥ずかしくなってきた。おれみたいにいやらしく席替えに臨んだやつはいないんだろうか。
全員の席が決まり、教室内大移動が始まった。机と椅子をがたがた引きずるやつらを若干嫌悪しながら、自分の新しい席に机と椅子を運んだ。
新しい席に腰を下ろし、窓際に目を向けた。和泉さんは窓の外を見ていた。ただ座っているだけなのに不思議な、さながらおれたちとは別の時間を生きているような雰囲気がある。……こうして見ると和泉さんはおれの隣の、人々に囲まれたごちゃごちゃした席なんかより、窓際の静かな席がよく似合った。
そして遠かった。廊下側から二列目と窓際。それは実際の距離よりもずっと遠い。三列目と四列目の間に川が横たわっているような、こちらとあちらは別世界であるような、同じクラスなのに別のクラスみたいな感覚だ。
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