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第5話 災い転じた
自分の席に戻ったおれは弁当とペットボトルを鞄に詰め込んだ。
教室にはおれを笑うために残ってくれたやつは誰もいなかった。みんな自分の昼休みを優先したんだろうか。薄情な。まあ、仕方ないのかな。
この後どうしようかと迷う間もなくいたたまれなくなり、誰とも目を合わせないようにして教室から逃げ出した。
恥ずかしくて気まずくて学校からも飛び出したい。本気でそうしたいけど早退するぞと思い切れないのもまた事実で。
昼休憩は残り十分ほどだった。誰かに笑ってもらって気を紛らわせたい。でも自分から行くのはなんとなくきまりが悪い。どこか人目のない場所で時間を潰して、五時間目が始まるぎりぎりに戻ろう。
とりあえず教室棟から離れようと思った。
教室前の廊下を、特別教室棟目指して歩く。聞こえる音も、見える風景も、すべてがいつもより遠く感じる。
廊下の突き当りを左に折れ、ガラス張りの渡り廊下を進む。
はあ。最悪だ。昼休みをやり直したい。
和泉さんにどう思われただろう。あの前には和泉さんのことも見ていて、しかも目が合っているから、ざまあみろとかキモいやつとか思われていても不思議じゃない。
中学入学から今までで間違いなく最低最悪の日だ。
とんとん。後ろから肩を叩かれた。軽くて、優しい手の感触。
振り向く。
和泉さん。
「えっと、さっきは大変だったね」
和泉さん? 本当に? そんなことを口にしても和泉さんは訳がわからないし、おれもどういう意味かよくわからない。
心を落ち着け、言葉を探した。
「でもあれは自業自得だから」
「そっか」
「うん」
まさか、和泉さんはおれを慰めに来てくれたんだろうか。全然そんなイメージなかった。どちらかというと面倒事には我関せずな、ドライなイメージが強かった。ひょっとして和泉さんを見てたのバレてない?
「落ち込んでるところ悪いんだけど」和泉さんは、通りのいい澄んだ声で静かに言った。「わたしもあんまり見られると気になるからやめてほしい」
バレてた。
「ごめん! 本当にごめん」
「別に怒ってるとか責めようとしてるんじゃなくて」
違うんだ。
勘違いされたくない。
そんな心の叫びが口をついて出た。
「でも変な目で見てたわけじゃないから」
言い訳しながら後悔した。とんでもなくみっともないよ。
「うん。なんとなくわかるよ」
「え」
和泉さんは目をわずかに細め、ふふっと笑った。
「わたしからすれば十分変な視線だけどね」
なんだかおかしくて、おれも笑った。
「だよね。今度からは気をつける」
「うん。ありがとう」
すっと、胸のつかえが下りた。
これが他の女子なら笑顔の裏を疑っていたかもしれない。優しい言葉を並べてるけど腹の底では何考えてるかわからないぞって。
だけど初めて見た和泉さんの笑顔は、すんなりと信用できた。
和泉さんと少し話せた。
明日からの学校が楽しみになっていた。
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