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第1話 クラス替え
ひと握りの眠気を大事に抱えてベッドに入った春休み最終日。
明日は中学に上がって初めてのクラス替え。
『ぼくの考えた最強のクラス編成』と題して、自分に都合のいいクラス編成を考えていたら眠れなくなった。期待と期待と不安で活発になった心臓に眠気を飛ばされてしまったのだ。
男子はイケメンと運動神経抜群なやつとお調子者。それからマスコット的存在。
女子は何をおいても学年一可愛いと評判の本条さん。
望み通りにならないとわかっていながら、望み通りになるかもしれないという淡く甘い期待に鼓動は更に速まり、夜の深いところへ連れていかれる。
考えないようにしよう。
頭を空っぽにし、眠ることだけに集中する。が、気づけばまた同じことを考えていた。復唱するように、何度も同じことを考える。とりわけ願望の強い部分を繰り返し繰り返し。
窓の外が白みはじめ、眠るのを諦めかけた頃、おれは知らないうちに眠っていた。
寝不足にも関わらず、目覚めはすっきりしていた。
ベッドから体を起こし、すっくと立ちあがる。軽く朝食をとり、身支度をすませ家を出た。
学校までは徒歩でだいたい十五分。そこそこ距離があるので自転車でささーっと登校したいところだけど、うちは自転車通学区域外。自転車を乗ってきたことがばれると怒られてしまう。だから渋々歩く。
細道を抜け、開けた場所に出る。別の道からやってきた同じ中学の生徒が自転車でおれを追い抜いた。
結果的にチャリ通のほうがおれより通学時間も苦労も少ないというのに、おれには自転車という選択肢を与えてくれない。なんだかなあだ。
学校近くまで来て、スピードを緩める自転車の気配を背後に感じ、顔を向けた。
「よっ」
「よう」
元クラスメイトがおれに一声かけ、そのまま走り去った。左ハンドルにかけられたヘルメットがぶらぶら揺れていた。
昇降口で靴を履き替える。さほど早い時間でもないのに一階がしんとしていて不思議だった。すぐにおれたち新二年生の教室はニ階で、一階教室に入る新入生は明日から登校だから静かなんだと気づく。
ニ年生になったんだな、と心なしかふわふわした足取りで階段を上る。上階からざわめきが降ってきた。足を進めるにつれ喧騒が近づく。
ニ階に到着し、直線廊下の端から賑わう廊下をざっと見通した。
晴れやかな表情で話し合う子たちがいる一方で、涙を流す女子もいた。
どうやら放り込まれたクラスには仲のいい友達がいなかったようだ。教師の嫌がらせだなんだと醜態を晒しながら、仲がいいのであろう女子に慰められている。
そんな彼女らを横目に、自分のクラスを確かめに向かう。新しいクラス表は各教室前の扉に貼り出されていた。
先客の女子二人組が横に寄ってスペースを空けてくれた。礼を言ってから、扉に貼られた紙に目を向けた。男女別、出席番号順に名前が並んでいる。
まずは自分の名前を探す。A組から順に、とそのA組で早速自分の名前を発見した。
次はお待ちかね、誰と同じクラスかを見ていく。まずは男子から。
スポーツ万能イケメンの拓麻に、お調子者の花島。癒し系太っちょのふーちゃん。個性豊かな面々に胸を弾ませながら女子の列に目を移そうとしたとき、高揚感からくるものとは別のドキドキが胸に混じった。
「ゆみちゃんB組だ」
「ほんとだ。でも教室近いから、」
隣の女子たちに緊張が走ったのがわかった。彼女たちはそそくさとB組のほうへ歩き去る。入れ替わりで別の女子二人組がおれの横に立った。踵を潰した上靴。極端に短いスカート。片方はスクールバッグを肩に担ぎ、もう片方は背負っていた。
「愛優奈Aだ」
肩にバッグを担いだ女子が言った。おれは「げ」と出そうになった声を押し込んだ。
「実那D組なんだけど。また違うクラスじゃん」
「それな。マジふざけてるわ」
阿部愛優奈と後藤実那。二人は学年一、二の権力を持つ怖い女子だ。おれはそのナンバーワンと同じクラスになってしまったらしい。
「あ、藤井じゃん。何組?」
いたんだ、というように隣に立つ後藤がおれに向かって言った。後藤とは友達の繋がりで話をすることは無きにしもあらずといった関係にあった。
「A組」
「愛優奈と一緒じゃん」後藤がそう言うと、後藤の向こう側にいる阿部はのけぞるようにしておれを見た。
「あ、よろしく」おれはそれだけ言って、他の女子を確認することなく教室に入った。
教室内には温度差があった。
浮かれ気味の男子と重苦しい空気を纏う女子。おとなしいグループの女子などは仲のいい友達と同じクラスになれても手放しで喜べていない様子が強くあった。
原因はまず阿部だろう。
阿部愛優奈。スクールカーストの最上位に位置する独裁者。その傍若無人ぶりに男子の間ではシンプルに「鬼」と呼ばれている。そんな問題児と同じ檻に入れられた。気が滅入って当然だ。男子たちが能天気にいられるのは阿部、もとい鬼の標的は基本的に女子だから。おれが女子の立場ならあんなのは隔離教室に入れてくれと強く願うだろう。
黒板に席次表が書かれていた。男女別の列が交互になる、出席番号順での席次だ。黒板に向かって右、廊下側の席から出席番号の早い順に名前が書かれている。
おれの席は窓側から二列目の後ろから二番目だった。
「おはよう、涼。また一緒だったね」
大きな体を揺らすようにして現れたのはふーちゃんだった。
「また一年よろしく」おれはそう言って、一年のときから面識がある他の男子とも一言二言、言葉を交わした。
自分の席に荷物を置いてからもう一度黒板に目を向ける。女子の名字が書かれた列に本条さんを探した。
教室にいない時点でそんな気はしていた。やはり本条さんは同じクラスじゃなかった。がっくりした。昨日から、どうせ無理だろうなと思っていたなりのがっくりだった。本条さんとはまだ話したことすらないからクラス替えを機に仲良くなる予定だった。以前にも増して遠い存在になった気がする。男のクラスメイトに不満はないけど、やはりそれでも女子一人の存在というのは大きい。
「はい、おはよう」
先生が教室に入ってきた。社会担当の村田先生だった。二年A組の担任は村田先生ということになる。担任が判明し教室がざわついた。
全員が席につきホームルームが始まった。
村田先生が始業式について話している最中、おれはクラスメイトを見渡した。名前だけ見ても誰だかわからない子が何人かいたからこの時間を使って確かめる。おれの席は後ろから二番目のため、真後ろ近くの子たちを見ようとしないかぎりは動きが大きくならない。右端の先頭から見ていく。
今川、緒方、笠井、北、小宮。
クラス表を見たとき誰だっけ状態だった小宮君はしっかり見覚えのある顔だった。
隣の列に移り女子の先頭。
阿部、飯野、和泉、
和泉さんがいる。
芸術センスに長けた、その道の天才と噂の和泉凪が同じクラスにいた。
噂が本当なら、まさに孤高の天才といったオーラを纏った女の子だった。話したことすらないけど、そんな彼女とクラスメイトになれたことが誇らしい。平々凡々なおれからすれば自分が強くなったような気さえして嬉しくなった。
天才であることを前提に彼女を見ていたら、どんどん近寄りがたい存在に思えてきた。同級生と気軽に話すこととかあるんだろうか。性悪な印象はない。ただ、凡人を寄せ付けない何かを感じる。あるいはおれが気後れしているだけか。凡人には興味がないのでは。話が合わないのでは。おれなんか相手にされないだろう、と決めつけて。
怖い。でも話してみたい。
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