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はりぼてつれづれ2
巧自身、おそらく忘れていたんだろう。授業中の手慰みに、殆ど無意識状態、自動筆記状態で片思いの相手を写生してしまったのだ。
耳まで赤く染めて黙り込む巧と見つめあう。
「好きなのか」
「片思い……だよ。悪いか」
お前とは違うんだよ、と口の中だけで呟く。
入江。イリエマキ。
イリエを描いた時の巧を想像する。
教科書の記述をなぞる退屈な授業のあいだ、だるそうに頬杖つき、一抹の後ろめたさとときめきを感じつつモデルを盗み見、シャーペンをしゃしゃっと素早く動かして特徴を捉えていく。
真剣な顔。潤んだ目。
ああ、巧はその子のことが好きなのだ、授業中手が勝手に走ってしまうくらいに。
ノートの白紙に滾る想いをぶつけてしまうくらいに。
どうしてクラスが離れてしまったんだろう。
どこかのだれかの、たとえば神様の意地悪な采配を呪う。
どうして世の中にクラス替えなんてものがあるんだろう、だれがそんなつまらないことを考え出したのだろう、一体誰の陰謀だろう。
俺と巧の仲を引き裂く誰かの悪意を恨む。
一組と二組に分かれてしまったせいで俺は授業中の巧の様子を知ることができず交友範囲を把握しきれず、休み時間中クラスメイトとどんな話題で盛り上がってるのかさえ知る事ができない。
巧の全てを知りたい、独占したい、永遠に俺だけのものにしてしまいたい。
危険な考えだ。
願望は欲望に結びつく。
俺の知らないところで巧が友達を作りその友達とふざけあい弁当を食い芸能人の話で盛り上がる、俺の知らない誰かに恋をする、そんな事は許せない。
許せなくたって実際どうしようもない。
俺は自分の気持ちを告白してもないし、まだ当分カミングアウトする勇気はない。
ストローを咥えて振る唇に自然と視線が吸い寄せられる。
「………イリエ、ね」
上下するストローの先端を追う。
「どこが好きなの?」
「いいだろ別に、どうだって……関係ねえよ」
「フツウじゃん」
「フツウでどこが悪いよ」
「別に可愛くないし」
ストローの上下動がとまる。巧がむっとする。
机に身を乗り出し、ノートを平手で叩いて弁護する。
「俺の腕じゃ表現しきれなかっただけ。実物はもっと可愛いの」
胸の奥がざわつく。なんだろうこの感情は?
ああ、嫉妬だ。
俺をかきたてかきみだす、静電気のように炭酸のように胸でぱちぱち弾けるとても不快で不可解な感情。
「どうしてよく知りもしねえくせに悪く言うんだよ。お前、そんなヤツじゃないだろ」
巧がむくれる。本気で腹を立てる。むっつり頬杖つきそっぽを向く、その横顔さえたまらなく愛しく思ってしまうんだから重症だ。手遅れだ。後戻りできない。
無神経で鈍感な巧。
どうして俺の前で好きになった子を庇う、好きになった子の味方をする?
もとはといえば俺のせいだ、俺が無理矢理ノートを奪ったから、もとはといえば俺が悪い、巧の秘密を暴き立てた俺に非がある。
頭ではわかっていても感情は納得しない。
「………ごめん」
大人しく謝罪する。
本気で反省したわけじゃなく、ただ、巧に嫌われたくない一心で頭を下げる。
俺はずるいヤツだ。
「……応援してるよ。上手くいくといいな」
心にもないことを言う。
頬杖をくずし、こっちを見る。
自分も大人げなかったなあと思ってる事がまるわかりの決まり悪げな表情。
巧が笑ってくれるなら、嫌わないでいてくれるなら、いくらでも嘘をつく。ギゼンシャを演じる。恥ずかしながら認めよう、俺はいつだってこいつに構われたくてしょうがないのだ。高校生にもなってどうかと思う。幼馴染への依存とも執着ともつかぬこの気持ちに名前をつけるなら変……もとい、恋だろう。
問題なのは俺もこいつも男って事で、だけどそれはささいな問題って気もする。
少なくとも、俺は性別が障害とは思わない。
巧はどうか知らないけど……というか、引くだろうフツウに。
巧を困らせるのはいやだ。
いや、詭弁だ。よそう、キレイごとは。俺はただどうしようもなく、救いがたく、こいつに嫌われるのが怖いのだ。高校に入ってからただでさえ避けられてるのに、俺がもし恋してるとばれたら気持ち悪がって絶対一緒に帰ってくれなくなる。廊下ですれ違っても無視されるか駆け足で去られるかで、たぶん、そうなったらもう一生捕まえられなくなるのが怖いのだ。
もちろんどこまでもどこまでも追いかけていくつもりだけど、俺は臆病だけど鈍感じゃないし、相手にとことん嫌われてると自覚しながら報われぬ想いを抱き続けるのも追い続けるのも辛くて、そのうち耐えきれなくなってビルの屋上からダイブしそうだ。それならまだ、可能性は可能性のまま残しておきたい。そちらのほうが余程望みを持てる。
放課後、マックでポテトをぱくつきつつだべる他愛ない日常を俺は愛する。
どうかこの愛すべき巧がいる日常を奪わないでほしい。
現状、俺は巧と一緒にいるだけで息が詰まるほど幸せだ。欲を言うならもう一時間、だめなら十分、せめて一分でいい、蜜月の幸せを引き延ばしてほしい。
新学期のクラス発表では絶望した、一時は真剣に登校拒否を検討した。巧と違うクラスなんて耐えられない、一日の大半を巧の顔を見ずに過ごすなんてきっと窒息してしまう、他のだれがいてもそれが巧じゃなけりゃ意味がない、俺にとって全然なにひとつ意味なんかないのだ。
俺が毛布を被ってひきこもれば、お人よしな巧はきっとどっちゃりプリントをもって毎日律儀に家を訪ねてくれる。俺はドアを隔て巧と会話する。どうでもいいくだらないことを、まだ巧が俺を避けずにいてくれた頃、俺が巧を汚らしいいやらしい想像の餌食にせずにすんだ無邪気な子供時代の馬鹿げた思い出を、何時間でも。
素晴らしい思いつきに酔う。
お父さんお母さんごめんなさい、あなた達の息子はとんでもない変態だ。
せっかく高校まで行かせてくれたのに、輝かしい青春全てと引き換えても巧を独占したい気持ちが上回る。
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