はりぼてつれづれ5

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はりぼてつれづれ5

 「……トイレ。すぐ戻る」  いたたまれず踵を返す。  逃げるようにその場を去る。  トイレに飛び込んで個室に鍵をかける。  便座に座って深呼吸、ミントの芳香が混じる爽やかな空気を吸い込む。  「……馬鹿だ、俺」  頭を抱え込む。  ちゃんと手を洗って拭いてからトイレを出るや、そこで待ち伏せしていた人影と出くわす。  「「あ」」  どちらからともなく声を上げる。  イリエがいた。  「……どうしたのイリエさん、女子トイレならこっちだよ」   波立つ心を抑え、友好的な笑みを繕う。  突き当たりの壁を挟んで反対側に位置するドアを指させば、下腹部で手を組んだイリエがぼそりと呟く。  「フジマくん、私の名前知ってたんだ。クラス違うなのに」  「もちろん」  巧が教えてくれたから。別に知りたくなかったけど。  イリエがはにかむ。様子が変だ。用を足しに来たんじゃないのか?  「何か用?」  「うん、あのね……」  組んだ手をもじつかせ、尿意を我慢してるような内股で恥じらい、一息ついて口を開く。  「メルアド教えてくれない?」  イリエはついさっきの巧とおなじ熱っぽい目をしていた。  直感があった。  「イリエさん、俺のこと知ってるの。巧から聞いて?」  「え?うん、それもだけどそれだけじゃなくて……フジマくん有名だし。かっこよくて優しくて勉強もスポーツもできるし、ガッコで知らない女の子なんていないよ。人気者じゃん」  「巧はなんて言ってた?」  最大の関心事を聞く。  他人の評判なんて関係ないし興味もない、ただ巧が俺の人となりをどう評したかだけが気になる。  イリエは俺の質問を疑問にも思わない。  「なんでもできる凄いヤツ。幼馴染だけど、自分とは全然違う。当たり前だよね、比べるのもおこがましいってかんじ?」  多分、きっと、おそらく。その台詞に悪気はないのだ。  イリエと巧はたぶんそれだけ距離が近くて、砕けた軽口を叩く間柄で、イリエに巧を貶めるつもりなんてさらさらなくて、今のもきっと笑って流されるのが前提の冗談のつもりだったのだ。  「……前から気になってたんだ、フジマ君のこと。きょうお店で偶然見かけて、チャンスだって追いかけてきちゃった」  女の子って残酷だ。  女の子って馬鹿で鈍感だ。  どうしてあいつのよさに気づかないのだろう。  「だからその、メル友から初めて……ちょっとずつ仲良くなれたらいいなって」  「いいよ」  あっさり言う。  イリエがぶたれたように顔を上げる。  驚き見開かれた目に映る俺はセメントで固めたみたいな笑顔。  「俺も今日偶然イリエさん見て、あ、可愛い子だなって気になってたんだ」  「嘘っ」  「ホントホント。黄色いヘアピン似合うね。さっきからずっとちら見してたの気づかなかった?」  頬を両手で包んだイリエが嘘、うそと連呼する。  嘘はついてない。さっきからずっと盗み見してたのは事実だ。視線に恋愛感情が含まれてなくても嘘とはいえないだろう。  頬を上気させたイリエがはしゃぐのを冷めた気持ちで眺める。  メルアドを交換し席に戻る。  イリエの方はといえば、待ち伏せを示し合わせた友達にどよめきをもって迎えられ、やったね、よっしゃ、と口々に健闘をたたえられる。  「遅かったな」  「まあな。……俺がいない間どうしてた?」  「勉強してた」  「寂しかった?」  「ルーズベルトってだれだっけ?」  「合衆国三十二代大統領」  「あーそっか。しかしルーズベルトってメタボなネーミングだな~」  「いつのまに世界史に浮気したんだ?」  「二股は男の甲斐性」  「……それ女の子の前で言うなよ。顰蹙買う」  「二股かけるくらいの甲斐性欲しいぜ。ほら、俺モテねーし?おわっ」  テーブルにだらしなく突っ伏す巧の頭に手をおき髪に指を通してくしゃくしゃかき回す。  「……なんですか、フジマさん。やめてください。勉強中なんすけど」  ああ、上目遣い反則。  どうして女の子は巧の魅力に気づかないんだろう。  「ルーズなベルトの偉大なる業績について復習すんだからジャマすんな」  「一緒にやろう。フジマさまがわからないとこ教えてやる」  かちかちとシャーペンの芯をだしつつ文句を垂れる巧の頭から名残惜しげに手をどかし、二ヶ月だか三ヶ月だか先の事を漠然と思う。  「俺が思うにルーズ氏の功績はベルトの穴を一気にふたつぶっち抜いたことだな」  「違う。ニューディール政策」  俺は巧みたいに優しくないから、イリエをこっぴどく振るだろう。  見せかけの優しさを愛情と偽って欺いて、とことん惚れさせてから突き放すだろう。  「……フジマ?」  「なに、巧」  「お前、なんか怖えカオしてるよ。笑ってんの口元だけ」  鈍いようで鋭い巧の指摘に動揺するも、俺は再びノートと教科書を開き、大事な幼馴染にむかって極上の笑みを浮かべる。    こいつは俺のダイヤモンド。  こいつのよさも見抜けないくだらないヤツに傷なんかつけさせない、絶対。  「じゃ、45ページ開いて」  けれど、どうかもうしばらくは原石のままで。   他のヤツらが原石の真価に気づいてしまわないように、俺だけのお前でいてくれるように、祈る。
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