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ダイヤとポッキー1
「バレンタインデーってのはお菓子会社の陰謀なんだ」
ご機嫌ななめな巧がいつになく大真面目に熱弁をふるう。
「好きな人にチョコを贈る習慣が根づいたのはごく最近、戦後の好景気に便乗してチョコの売り上げを上げるためにお菓子会社がばんばん宣伝打ったんだ」
「ギブミーチョコレート?」
「ノーモアチョコレート。甘ったるい匂いにうつつをぬかす連中はみんな企業の戦略に踊らされてるんだ。そもそも聖バレンタインさんとチョコに関係ねえし、バレンタインさんが甘党だなんて根も葉もない噂だし、ほら、後世の人が作り上げた勝手なイメージっつの?第一バレンタインさんが死んだ日だか生まれた日だか知んねえけどそれならバレンタインさんの墓におそなえするべきじゃね?線香代わりにポッキー立ててさ」
「ヴァレンタインはカトリックだろ?」
「こまけーことはおいといて偉人な異人さんの誕生日だか命日だかを商業目的で私物化するのはどうかと思うんだ」
「じゃあ巧的には母の日にカーネーション贈るのも却下?」
「それとこれとは別。何が言いたいかっつうとつまりバレンタインさんを蔑ろにするのはけしからんって話」
「さんづけすると一気に親近感湧くなあ。親戚のおじさんみたい」
茶化す俺をぎろりと睨みつける。おっかない。
家が近いから行き帰りは大抵一緒になる。
登下校がかぶるのは偶然だろうと鈍感天然な巧は思っているが、実を言うと周到に計算してタイミングを合わせている涙ぐましい努力の結果だ。
登校中、俺は既に他校の女子の待ち伏せに遭いふたつみっつ紙袋を押しつけられていた。
顔も名前も知らない子からチョコを貰うのは変な感じだ。くれた子には悪いけど、別に嬉しくはない。かえって持て余してしまう。これから学校へ行くというのに「受け取ってください!」と渡された紙袋を捨てるわけにもいかず仕方なくぶら下げて歩きながら、下校時までにもっと手荷物が増えそうな予感にうんざりする。
巧は哲学的なしかめつらでバレンタインについての考察を展開する。
「聖がつくくらいだからキリスト関係の人だろ、バレンタインさんて」
「まあそうだな。聖人に列せられて記念日作られるくらいだから結構なお偉いさんだ。バレンタインデーのせいで俗化されて庶民に親しまれてるけど」
「さっすがフジマ博識。天国のバレンタインさんは自分の名前を冠した日を男と女がいちゃつく口実にされてさぞかし迷惑してるだろーさ」
「博愛主義者なら恋愛成就を祝ってくれるんじゃないか?聖人ってそもそも人類平等に愛を説く人だし」
「汝隣人を愛せよ、か」
「そ」
だから今隣にいる俺を愛すべきだという本音は伏せ、澄まし顔で頷く。
「ところでバレンタインが正しいの?ヴァレンタインが正解?教えてフジマさん」
「『ヴァ』じゃないか、ガイジンだし」
「うへ、舌噛みそ」
「噛むんじゃなくて巻くの」
「こう?」
唇の隙間から窄めた舌先を覗かせる。ちょっとエロい。
「違う、こう。『ヴァ』レンタイン」
「ヴぁれんたいん?」
「よくできました」
「馬鹿にすんなー確かにリスニングはいまいちだけど」
自分で試してみる。俺のまねをして舌を噛む。馬鹿で可愛いヤツ。褒めてやる。
歩調に合わせて軽快に揺れる紙袋を僻みっぽい目つきで睨む。
「さっきのだれ?」
「知らない子」
「二中の制服着てたな。可愛い子だったじゃん」
「そうか?よく顔見てなかった」
「見てなかったってお前ね……バスケの試合の時応援にきてなかったか?横断幕とボンボンもって、ほかにも五・六人いたけど」
「試合に夢中で見てる余裕なかったよ。細かいところまでよく気がつくな」
「どっかのだれかさんと違ってずっとベンチをあっためてましたからね、暇つぶしの人間観察くらいっきゃすることなくってさ。他校にまでファンクラブできるってどんだけ人気なんだよ」
巧が拗ねる。不服そうに唇を尖らす横顔にときめく。
アヒルのような口を引っ張りたい誘惑に指が疼くも辛うじて自制する。
さりげないふりをしつつも興味津々、首を伸ばし紙袋の中をのぞきこんで呟く。
「それ手作りじゃね?おいしそう」
「欲しかったらやるよ」
「同情かよ」
失言だった。
「いや、持ってても邪魔だし……」
失言の上塗りだ。案の定、巧が不愉快そうに顔を顰める。
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