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ダイヤとポッキー2
「どうしてお前が貰ったチョコを俺が食わなきゃいけないんだよ?お前のために手作りしたんだろ、責任もって食ってやれよ、可哀想じゃんか」
「責任って?」
「恋された責任」
ああ、巧のこういうところが大好きなんだとしみじみ実感する。
歩みにあわせ紙袋がかさつく。中にはラメ入りリボンやカラフルなビニールで綺麗にラッピングされたチョコが入ってるんだろうと見る前から想像つく。
知ってる子から知らない子から、毎年大量のチョコを貰う。だけど本当に欲しい相手からは一度だってもらえた試しがない。態度で示さないとだめだろうか。いや、そもそも前提条件から間違ってる。男で幼馴染で友達、そんなヤツが自分に恋愛感情抱いてるだなんて筋金入りに鈍感なだれかさんは思いもしないだろう。一番欲しい相手からは絶対にチョコを貰えない皮肉な運命を嘆く。隣り合う巧をこっそりうかがう。尖らせた唇に視線が吸いつく。一口サイズのチョコをつまんで食べさせあう光景を妄想する。
もっと、もっとと切なく目を潤ませおねだりする巧……
「フジマー」
「お代わりいる?」
「?なに言ってんの」
妄想と現実がごっちゃになった。怪訝そうな巧に慌てて笑顔を繕う。
「なんでもない。どうしたんだ」
「俺のクラスの女子がさ……いいや、後で」
言いかけてやめ、早足になる。なんだ一体。学校が近付き、同じ制服の生徒が目立ち始める。
残念ながらクラスは別、玄関に入ったら別れねばならない。
「おっす」
「よっ。昨日でたエグザイルのCD買った?サビ部分のアカペラが聞きしに違わぬ洗脳フレーズでさ~頭ん中でぐるぐる回ってどうしてくれようと……」
俺の知らないクラスメイトがなれなれしく巧に話しかける。巧は靴を脱ぎながら相槌をうつ。
他人に笑いかける姿が不安を誘う。ああ、ひっつくな。気のせいか俺といるときより話が弾んでるっぽい。しゃべるにしても距離が近すぎる、もうちょっと離れろ、肘がぶつかるじゃないか。焦燥が胸を燻す。今すぐ割り込んでひっぺがしたいが自重する。そんな事をしたら巧に嫌われるしまわりに怪しまれる。
下駄箱から上履きをとりだしつつクラスメイトとじゃれあう巧を目で追う。
いつからだろう、巧が俺の前であんなふうに屈託なく笑わなくなったのは。俺と一緒にいる時は終始冴えない顔をしてるようになった。むかしはもっと笑ってくれた、無邪気にじゃれついてくれた、こっそり後ろに忍び寄って膝かっくんしてくれたのに……
中学校に上がってから着実に俺ばなれしていく巧に寂しさとあせりを覚える。
今だってそうだ、学校に着くまで一緒だった俺のことなんか忘れ去って仲のいい同級生とアイドルの新譜について熱い議論を交わしている。混ぜてもらいたい。いや、ちがう、同級生はどうでもいい。巧を独占したいのだ。おはよう、おはよう。爽やかな挨拶が軽快な足音とともに耳を素通りしていく。すのこの上に取り残され、巧と友達がしゃべりあう光景を物欲しげに眺めていたら、同じクラスの女子が寄ってくる。
「おはようフジマくん。あのこれ、うちで作ったんだけどもらってください!」
「ずるーいエミっち抜け駆けなしだって言ったのに、いっせーので同時に渡すって約束したでしょ、ずるい!」
「ほら見て、このデコチョコ気合いれたんだ。フジマくんあてのメッセージ書いてあるから読んでください、きゃっ」
「私はフォンダショコラ!お母さんに手伝ってもらって作ったの、中にとろーりとろける生チョコ入っててすっごくおいしいんだから」
手に手にラッピングしたチョコをもった女子たちが姦しく騒ぐ。二つ結いの子、ポニーテールの子、ショートヘアの子、それぞれ工夫をこらしたチョコを競うようにして押しつけてくる。内心うんざりしつつ、感謝の笑みを添えてお礼を言う。
「ありがとう。大事に食うよ」
黄色い歓声が上がる。
女子たちが互いに手をとりあって飛び跳ねる。
たった今受け取ったチョコを腕に抱え上履きをはいてたら、こっちを羨ましそうに見つめていた巧と視線が絡む。
反射的に微笑み返せば、鼻白んだ顔で俺に背中を向ける。
「相変わらずすっげー人気だなフジマ王子。うらやましー。幼馴染なんだろお前、お零れのご利益ねえの。食べ残し回ってきたり……」
「ねえよ、そんなの」
「マジでー?あまりもんには福があるってむかしの人も言ってんじゃん」
「賞味期限切れの福なんて腹くだす」
階段の下で待つ友達と軽口を叩きあう。ため息ひとつ、腕に抱えたチョコを落とさぬよう用心して歩き出す。
巧とはクラスが別。
放課後の部活動まで会うことはない。
ノリが軽すぎて女子人気は今イチでも友達は多い。基本的にお調子者で憎めない性格をしてるから構いたくなる気持ちはすごくよくわかる。
俺も巧のそんなところが好きなんだけど、いざ離れてみると長所が不安要素に転じる。
俺がいないあいだに誰とどんな話をしてるのか、俺の知らないヤツがなれなれしく巧にさわってないか、妄想が育ってしまう。最近巧はつれない。小学校の頃はしょっちゅう一緒に遊んだのに、中学に上がってから同じクラスのヤツとつるんで俺の誘いを蹴ることが多くなった。子供じゃないんだから当たり前だ、いつまでも幼馴染とべったりなんて気色悪い。少しでも巧と一緒にいたくて、巧を追いかけて同じバスケ部に入部した。だけど最近は部活をサボることが多くなった。どうしてこうすれ違ってしまうんだろう、うまくいかない。しつこくするからだめなのか。
俺を鬱陶しがってるのはわかるけど、俺は我慢が足りないからすぐ会いたくなって止まらなくなって、一日巧の顔を見ずにいると調子がでなくって、幼稚園の頃から一緒にいるのがあたりまえだったからお互い自立し始める時期にさしかかっても関係性の変化に順応できなくて
「フジマくんチョコもらってください!」
「私もあげるー」
「あんまおいしくないかもだけど食べてくれたら嬉しいな、なあんて」
「好きです!食べたら返事聞かせて!」
「ほら見てこのチョコ、フジマくんイメージしたバスケットボール型!お盆で型とって作ったの、大変だったあ。割ると中におみくじ入ってるからそれで恋愛運占ってね!」
「チョコみくじってあんたイロモノねらいすぎ……」
その日は色んな女の子からチョコを貰った。
念のため用意してきた紙袋はたちまち満杯になって嵩張る。俺は笑顔で礼を言って受け取り、大量のチョコレートの始末を考える。ひとりではとても食べきれない。家族に手伝ってもらうか。小学校までは巧が手伝ってくれて助かった。もったいないから捨てはしないけど、もともとそんなに甘いものが好きじゃないのだ。バスケ部の仲間に助っ人を頼むか?
退屈な授業中も甘い匂いに包まれ食傷する。
なんだか今日はいつもにまして男子の視線が厳しい。シャーペンを回しつつなにげなく窓の外を見たら一組が体育をしていた。巧がグラウンドを走ってる。隣には今朝、下駄箱のところで会った男子がいた。何を話してるんだろう、巧は白い歯を見せ笑っていた。だぶつくジャージの中で発展途上の手足が泳ぐ。
俺が欲しいのはお前。
他のヤツはどうでもいい。
傲慢だろうか。だけど本心だ。巧から目がはなせない。どうか神様、悪い虫がつかないようにと念を込めて祈る。あいつのよさに気付かないやつの目は節穴だとつねづね思ってきた。俺を本気で叱ってくれるのはあいつだけだ。
「恋された責任か……」
巧は少しずつ大人になっていく。そして俺から離れていく。恋された責任なんて言葉を口にするのは成長の証だ。
恋された責任を云々するならいい加減気付いてもらいたい。いつまで不毛な片思いを続ければいいのか、先が見えずにやきもきする。
グラウンドを走る巧を見送りながらカチカチとシャーペンの芯を出して、ノートの余りに名前を書き付ける。
高橋巧。
安西藤馬。
ハートで囲もうかとおもって、いくらなんでも少女趣味で寒すぎると考え直し、真ん中に「&」を入れてみる。
高橋巧 & 安西藤馬。
シャーペンの尻を小刻みに押して束の間思案、今度は消しゴムで「&」を消し、代わりに「+」を書きこんでイコールの先にハートを描く。
「…………ばかばかしい」
恋の方程式は単純には行かない。
数学と違って答えはひとつと限らないし、正しい手順を踏んだからといって最高の結末に至る保証もない。
教師は黒板にむかって数式を書き込んでいる。バレる前にと急いで落書きを消し、ノートの上に突っ伏す。
巧は俺の知らないヤツと笑いながら遠くへ行ってしまった。
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