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ダイヤとヤドリギ6
包装紙を破いて出てきたのが以前貰ったのと全く同じマフラーでも幻滅せず、大事そうな手つきでもって取り上げて首に巻き、そうしてからクリームがつくのを恐れ、なにをやらせてもそつなくこなす完璧な王子様にはふさわしからぬ慌てぶりで指を拭く。
「がっかりしないのか?」
まさか忘れてるのか。
むかし女の子から貰ったプレゼントのことなんて、すっかり。
「それ、中学ン時もらったのと同じのだろ。おなじのふたつ持ってたって意味ねえ」
「巧は特別」
俺が言いかけたのを遮り、二重に巻いたマフラーの端をたらして颯爽と歩いてくる。顔には極上の笑み。心底幸せそうな顔。
サンタ服にチェックのマフラーはどう考えたって不釣合いで不自然なのに、フジマの場合どうしてもそうは見えず、この組み合わせは全然ありに思えてきて、だけどそれはフジマが颯爽と背筋を伸ばし自信満々に歩いてるからだと今気付く。
近くて遠い場所にあるなにか素晴らしいもの、特別なものへと向かっていくように。
「巧がくれたものだから特別になる。巧が俺の一番だ」
反則だサンタさん。
この男にこんな顔でこんな事言わせるなんて。
それを言わせてるのが俺だって現実にお手上げだ。
「……お前って……俺なんかのどこがいいんだよ……」
卑屈で。
地味で。
モテなくて。
「『なんか』じゃない。巧は原石だ。俺なんかよりもっと光り輝く、もっとキレイで素晴らしいものだ」
「あてつけだぞマフラーは」
「どんどんあてつけてくれ。巧からの贈り物ならなんだろうが歓迎だ、巧が俺のためにわざわざ店に足を運んでそれを選んでくれたって事実だけでしあわせになれるお手軽な男なんだ、フジマ様は。プレゼント選びのあいだ俺のことで頭をいっぱいにしてくれたってだけで」
俺は原石だとフジマは言う。
それは嘘だと否定する。
あれはフジマがついた嘘で、俺はやっぱり石ころで、対等になりたいと足掻きつつなにひとつこいつにかなわないんじゃないかという疑惑がつきまとい、無性に意地悪をしたくなる。
おそろしく甘いこの男の、なにをどこで間違えたか俺なんぞに惚れてるという物好きな幼馴染の本気を確かめたくて、俺が泥んこの石ころでもダイヤモンドは変わらず好きでいてくれるのか、嫉妬と羨望と劣等感に塗れた俺の醜く汚い面を目の当たりにしても引かないでいてくれるか、いちかばちかの賭けにでる。
イヴにはささやかな奇跡が起きる。
どうか今だけ劣等感よ、素直になることを許してくれ。
どうか今宵一晩限り、殻を破る勇気をくれ。
「気が変わった。返せ」
「えっ?」
目を見張るフジマの首から無理矢理マフラーをひったくる。
「待てよ、それ俺にくれたんだろ?一度もらったもんを返せなんてずるい、そんな、さっきのケーキのことで怒ってるなら謝るから」
しどろもどろ動揺しまくって謝罪を口走り、マフラーを奪還せんと手を開閉するフジマに命令する。
「こっちは俺が使う。お前は前に貰ったの使え」
「え?えっ?えっ?」
「鈍いな。言わせるなよ。これとおんなじ」
無造作にマフラーを巻き、赤らんだ顔をチェックの生地に埋め、サンタ服の端っこをつまんでたくしあげる。
「………ペアルックってこと?」
確認にあえて無視をきめこみ、困惑顔のフジマの前に立ち、殆ど喧嘩を売るような調子で祝福する。
「めりーくりすます」
フジマに向かい立つやマフラーの切れ端をさっと跳ね上げ、その切れ端にフジマが目を奪われそっぽを向いた隙につけこみ、頬に唇をおしつける。
フジマが顔を正面に戻す前に素早く唇と体を放し、とびのき、唇に残る感触を手の甲で擦って消して赤面をごまかす。
「巧サンタからフジマサンタへの酸っぱいプレゼントだ。有り難く受け取れ」
「酸っぱい?」
とろけるように笑み崩れたフジマが俺の肘を掴み、けつまずいて倒れ、サンタ服の胸元へと顔面から突進する。
腕の中でもがくも抱擁はさっぱりゆるまず、俺のマフラーを引っ張って自分の首へと巻きなおし、改めて耳元で囁く。
「とんでもない。すごく甘い。さっきのクリームなんか比べ物にならないほど最高に甘かった」
知らなかった。
人の手から食うクリスマスケーキってしょっぱかったんだ。
マフラーをヤドリギ代わりの隠れ蓑にしたクリスマス・イヴ、またひとつ大人になった。
ダイヤモンドへの道のりは、遠い。
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