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ダイヤとヤドリギ1
知らなかった、クリスマスケーキってしょっぱかったんだ。
「頼むフジマ一生のお願い。このとーり」
両手を合わせてフジマを拝む。
幼馴染にしてダチにしてこのほどあんまりめでたくないことに恋人未満の存在に昇格した男が、洒落たダッフルコートを着て隣を歩きながらしげしげ俺を見つめる。
十二月中旬ともなれば街にはクリスマスソングが流れ行き交う人みな浮き足立つ。
キリスト教徒でもないのにどうしてよその神様の誕生日をこぞって祝福しなけりゃいけないんだという疑問はそれを口実にして馬鹿騒ぎしたいヤツらの存在でかたがつく。
そう、人はえてして口実を欲しがるものだ。
クリスマスだから多少ハメをはずしてもいいだろう、クリスマスだから手を握ってもいいだろう、クリスマスだからヤドリギの下でキスしていいだろう、クリスマスだから一線を越えてもいいだろう……
ぱっと思いつくだけでこれだ、毎年クリスマスを好都合の言い訳にして多くのカップルが童貞や処女を捨ててるのは統計学的に信用できるデータ。まあモテない童貞彼女なし、今年のクリスマスもバイトで埋まった学生には関係ねーけど……
俺は相も変わらずコンプレックスの塊の屑石のまま、殻を破れずにいる。
「巧のお願いなら今すぐフィンランドに行って一番高いヤドリギの上から雪をお裾分けしてもらってくるよ」
スリムな長身と均整取れた素晴らしく長い足を軽快に繰り出し、博愛主義の手本のような微笑みを浮かべる。
「いらねーよ。溶けるし」
「アイスボックスに詰めてくる」
「貰ってどうすんだそんなの、雪ウサギ作って冷凍庫に入れとくか。じゃなくて」
俺がじゃあ頼むと言えばよしきた任せとけと喜び勇んで飛行機に乗りそうで油断できず、返しは自然慎重に、突っ込みはきびしめになる。
バロットという料理をご存知だろうか。
一部のゲテモノ食いに絶大な支持を誇る、孵化する前のひよこを卵の中で煮殺して食べる料理だ。見た目はグロいが大変美味らしい。
こいつと一緒にいると一方的に注がれるなまぬるい優しさでもってじわじわ煮殺され、晩餐に美味しく召し上がる為に調理されてるような妄想が育つ。
自分で言うのも恥ずかしいが、フジマは十数年越しの片思いが実ってようやく結ばれたあの夜から俺を甘やかし放題に溺愛してくれちゃってる。
だから俺のお願いならなんでも快く引き受けてくれると見込み、再三手を合わせ拝み倒す。
「他のヤツらも当たってみたけどさすがに予定埋まっててさ、お前が最後の希望なんだよ。頼む、助けると思って」
「どうして真っ先に俺んとこ来なかったの?」
哀しいかな、中学以降運動部に所属してない故に体力がない。
足の長さが違うからフジマが引き離すつもりなら簡単に追いつけるはずもねえ。
「……ずるい」
「ん?」
「足の長さ。すげー股下長いだろ、モデル並に。俺は胴長寸胴体型なのにさ……」
「巧は腰細いよ。脱ぐとわかるけど」
「街なかで腰細いとか言うな」
僻んでるのは足の長さだけじゃねえけど。
ポケットに手を突っ込み、フジマの隣に並びつついじけてみせる。
「中学のバスケ部じゃ万年補欠の俺をさしおいて一年で異例のレギュラー抜擢、他校との交流試合で大活躍。ファンの女の子から山ほどファンレターやらお手製フジマくん人形ユニフォームバージョンやら差し入れ貰ってたバスケの王子様だもんな」
「巧がいたから入ったんだよ。バスケ自体あんま興味なかったし……やってみたらハマったけど」
とことんイヤミなヤツめ。
フジマいわく、入部動機は俺。
しかし肝心の俺はといえば二年の初めに早々に脱落した。
理由は単純、黄色い声援浴びてコート狭しと駆け回る王子の活躍をベンチで見せつけられる補欠の屈辱に耐えかねたから。
ずっとずっと、年が同じで家が近いというただそれだけの理由で幼稚園の頃からずっとフジマと比較されダメだなあと貶され続けてきたのだ。卑屈になっちまうのもムリはねえ。
フジマだって知ってるくせに無神経だ、そんなに優越を見せつけたいのかよ。
声に不満がでないよう用心し、薄汚れたスニーカーを睨んでそっけなく聞く。
「あの人形まだ持ってんの?」
「ジョンに食われた」
ジョンはフジマの自宅の飼い犬。補足、悪食。
「一緒に貰ったマフラーはとってあるけど」
「ふーん、女の子からのプレゼント大事にとってあるんだ。やっさしーねフジマは。モテるはずだ」
フジマが他校の女子に告白される現場やプレゼントを手渡しされる現場に居合わせたのは一度や二度じゃない、フジマと一緒に行動してりゃ避けがたい事態だった。
もっとも渡す方や告白する方にしてみりゃフジマの後ろにぼけっと間抜けづらで突っ立ってる友達Aなんて眼中になかったろうけど。
わかってるさ、どうせ世界人類の約半分から無視される運命なのさ。
聖夜の厳粛さよりは前夜祭の高揚を誘発するクリスマスソングが流れ、緑と赤と真綿を雪に見立てた白の装飾も華やかに、めかしこんだ老若男女が笑いさざめく街をあてどなくぶらつきながら気分は鬱々と沈んでいく一方だ。
今の心境を一言で表現するなら、侘しい。
カトリック最大の祝祭一色に染まる街に紛れ込んだ虚無僧さながら場違いな孤立感と疎外感を持て余す。
吹け、滅びの風。
恋人たちに永劫の呪いあれ。
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