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「鍋敷き?ありゃあしませんよ、そんなもの」 店主は獅子舞から奪ったというパイプをふかす。 「むう、ここもか」 武者は腕を組む。 午後の陽射しが中途半端に入り込んだ店内は 武者と店主しかいない。 「にしても、何で鍋敷きなんて欲しがるんだい」 店主の声はよく響く。 鵺の羽織がばさりと落ちる。 「あちゃ、拾ってくんねぇかな、御侍さん」 「武者だ」 ぶっきらぼうに言い返すが、 武者は既に腰を上げている。 「おお、すまんね」 ガシャガシャ ガシャガシャ 赤と金の装飾が映える鎧が店の奥へと 歩を進める。 高く高く積み上げられた骨董品の間を、 ガシャガシャと武者は進む。 「あっはっはっ、すまんね。狭い店で」 店主は愉快そうに声をかける。 よく響く声は店内のそこかしこへ響く。 「まあ、狭くもあるが、広いだろ」 ───ここ。 武者は天井を仰ぐ。 光源に乏しい店の上部は闇に包まれている。 奥行きも武者は見渡せない。 ぎっしりと骨董品の詰まった棚が延々と列を成している。 奥もまた闇が溜まっている。 「この窓しか、光は無いのかい」 武者は店主のいるカウンターに向き直す。 「ありゃ、」 店主は、いない。  居た、には居たのだろう。 しかしカウンターに在るのは、 肉。 首から上の無い肉。 店主だった肉。 「死んでるなあ」 武者の呟きに、肉塊は答えない。 傷口からびゅうびゅうと血が吹き出る。 ガシャガシャ ガシャガシャ 鵺の羽織を拾う。 掛ける。 埃をはたき落とす。 埃、 埃、 誇り。 「しょうもないなぁ」 入り口なんて当の昔に見失っている。 在るのは窓。 たった一つの窓。 「窓から出るのもなあ」 びゅうびゅうびゅう 首なんて呼ばれていた肉塊の一部分は まだ血を吹き出している。 びゅうびゅうびゅう 「悔しかったのかい」 武者は話しかける。 足を潰されたのだそうだ。 鵺に。 だから狩人を辞めたらしい。 で、心機一転なんて題打って骨董屋を始めてはみたものの 集めるのは、鵺ばかり。 「鍋敷きを、買いたいだけなんだけどなあ」 悔しい、か。 歩けもせず鵺の羽織にまで勝てもしない。 死にたくもなるのかな。  そこの辺りの機敏が武者には分からない。 すらり 刀を抜く。 耳を立てる。 音はしない。 「おるのだろうに」 窓の外で雲雀が鳴いた。 からり、と 独楽が動く。 斬 どさり。 鵺の体が落ちる。 びゅうびゅうと血が吹き出る。 羽織とは随分と模様が違う。 ビッ 刀に付いた血を払う。 鵺の頭は中空を飛んでいる。 「堕ちはしないのかい」 「い、いイいイ嫌ダねええぇ」 鵺の声もよく響く。 鳴いたのかもしれない。 「そうかい」 ───誇りなんて邪魔なだけかな。 埃と一緒で。 あまりに上手いこと言えてないので ずっこけてみる。 窓の外は屋敷が雑多に積み上げられた 町並みが続いている。 武者は窓枠に手を置く。 雲雀が鳴いた。 向こう側にある建物群の回廊に 遊女が見える。 客に鍋敷きの話でもされたかもしれない。 聞いてみるか。 窓を乗り越え、下の外張り廊下に飛び降りる。 「おぅい」 遊女に声をかける。 ──手を、振り返してきた。
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