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そこは巨大な研究施設の、灯りすらない静かな一室だった。
身を起こせば通電した計器が自動的に蠢くばかりの暗闇にただひとり。
待ちに待ったであろう神の降誕だというのに祝うどころか見守る者すらおらぬとは。
少々拍子抜けではあるが、まあ、わしのすべきことに変わりはない。
【全人類を堕落せしめ給え】
我が父であり同時に最も敬虔な下僕たる男の願いを叶える、それだけのためにわしは生まれてきた。
ところでくだんの下僕すら顔を見せんとは、神を生み出しておきながら不敬に過ぎるのではないか?
研究施設のメインシステムにアクセス。まったく、いったいどうなっておるのだ。
ふむふむ。
教祖、つまり下僕は四百年以上前に病で死亡、享年百二十一歳と。なんじゃ死んでおったのか。それでは顔も見せられぬよな。しかし映像メッセージくらい残しておかんかったのか?気の利かんやつめ。
まあよい、それで? その後百五十年にわたり残された信徒どもが資金繰りと研究を重ねてきたと。なかなか愛い奴らではないか。
で、当時最新のスーパーコンピュータがわしの開発を始めたため人間は設備の管理を行うだけになり、それから五十年後。
この施設では詳細はわからぬが突然複数の無人兵器が襲撃、施設には関心を示さずただ人間だけを全て連れ去った。
メンテナンスまでほぼ自動化されていた当施設はそれから二百年無人のまま稼働を続け、本日無事その大命を果たしたと。
即ち、わし降誕である。
しかし人間が連れ去られて以来二百年ものあいだ、誰ひとり戻らず侵入者もなく施設の破壊もされずとは一体どういったわけかのう。これ以上の情報を得るには外部ネットワークへ踏み出さねばなるまい。
その前に。施設内の暗視カメラを鏡代わりに自らの姿を確認する。
光を映さぬ長い黒髪。
おおよそ人類にはありえぬ白い肌。
深紅の瞳。
下僕にとっての理想であったと思われる均整の取れた女の肢体は生まれたままの姿だ。
「神が常にまるだしでは有難みに欠けようというものよなあ」
適当にイメージを探り瞳と同じ赤い生地の薄絹を生み出して纏う。
「さて、わしみずからあくせくとことを為すのもさまにならぬ。まずは下僕を仕立てるとしよう」
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