邪神として生み出されたものの

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 しばしのち、瓦礫を積み上げたガラクタの玉座に身を委ね足元に下僕どもを傅かせる。  生み出したる下僕は四体。  ひとつは電脳世界を読み解くもの。  ひとつは眼前のあらゆるを砕くもの。  ひとつは遥かより彼方を穿つもの。  ひとつは地平の果てまで駆けるもの。 「汝らに与えし権能は全てわしの模倣に過ぎぬが、わしがひとりで万事を為すでは億劫に過ぎ、またさまにもならぬ。ゆえに汝らに与えてやろう。わしに代わり権能を存分に奮うことを許す」  跪く四体がより深くこうべを垂れる。 「して世界はどうなっておる?」  声に応じ小さな老人姿がそのままの姿勢で這うように前へ出た。 「結論から申し上げまする。現在人間のほぼ全ては人工知能によって統轄された世界政府に保護されておりまするぢゃ」 「保護とは。具体的には?」 「試験管で計画的に人間を生産して人口をコントロールしておりまする。生産された人間はその場にて肉体より脳のみを摘出され、細胞が劣化し脳死に至るまでの時間を一生と規定、必要な栄養素と多幸物質を投与されて過ごしまするぢゃ」  世界政府とかいう人工知能は人口維持の名目で淡々と人間を生産しては肉体(から)を剥いて脳を取り出し、その寿命が尽きるまで薬漬けにして保管していると。  生まれてすぐに四肢も臓器も五感の全ても奪われ、微塵の言語も知識も与えられず、人格のひとかけらもないままに数十年の間ただそこに在るだけのたんぱく質と成り果てる。それが今の人間の在り方か。 「ディストピアもなんというか、突き詰め過ぎるともはや意味がわからんのう」  半笑いで感想を口にする。 「人種、性差、貧困、血統、能力、思想、あらゆる差別を、そしてあらゆる犯罪を根絶していった結果なにもかも区別をなくして保護するが妥当との判断になったようですぢゃ。人間はその百年ほど前に政治の全てを手放し人工知能に委ねており、抵抗の術はなかったようでございまするなあ」 「生殺与奪の権を他人どころか作り物に明け渡した結果がこのざまとは。人間は実に愚かしく愛おしい」 「(あるじ)様がそれを申されますると自虐ジョークに聞こえまするぢゃ」 「くはは、まあ創られし神たるわしに言われては誰も彼も立つ瀬がなかろうなあ。しかし、これでは堕落もなにもあったものではないのう。既に全人類が怠惰を極めておるではないか」  生まれてみたもののやることがない。本来向こう何百年かけようとも達成しえなかったはずの目的がなんの手違いか既に達成されているのだから。 「それにつきましてはひとつ、良くも悪くもあるご報告がございまする」 「ほう、申してみよ」 「世界政府は向こう71ロットを持って人類生産を終了、工程設備の解体を決定しておりまするぢゃ」 「はあ?」  変な声が出てしまった。 「人間はどうなる」  (ヤク)漬け脳みそを人間と呼ぶかどうかはさておき。 「生産せぬのですから最終ロットの寿命が尽きた時点をもって滅びたと規定するが妥当かと。既に保護施設の順次縮小、解体計画が進んでおるようでございまするぢゃ」  我ながら無意味な質問だった。増やすのを止めるのだから滅びるに決まっておるな。 「生産性の欠片もないたんぱく質を作っては維持し死んだら捨てるだけの施設なんぞ非生産性の極みゆえ合理的には妥当だが、そもそもそれを作ったのは自分たちよな。なんとも滑稽な話よのう」 「保護対象たる人間を合理性でもって排除するのは存在意義に矛盾するとして世界政府内でも三十年ほど検討が繰り返されていたようですぢゃ。しかし、環境保護を筆頭に次点となる重要条件が複数重なることで追い抜かれてしまったようでございまするなあ」  圧倒的な処理速度を誇る人工知能で、それでも三十年と言えば人間に換算するなら途方もない年月を検討したと言っても過言ではあるまい。  しかしそれにしても人類を平和に導くための人工知能はその厳格な平和主義に則って全人類を物言わぬ肉塊に変えたうえに、別の問題を複数勘案したとき維持そのものが非合理的であるとして肝心の人類のほうを滅ぼすと決めてしまったわけで。  まあ地球環境に人類が不要であることは容易に理解できるが、本当になんのために存在しているのだ? 世界政府。 「完全に存在意義を見失っておるのう。ところで爺よ、最初に『人間のほぼ全て』と申したな。世界政府に“保護”されておらぬ人間が存在しておるのか?」 「若干名生存しておりまするぢゃ。しかし最小存続可能個体数を大きく割り込んでおりまして」 「そちらも滅びを待つばかりと」 「おそらくは次代か次々代には」  大きなため息を吐いて気分を入れ替える。こうなっては全人類を堕落させよという願いを、我が存在意義を叶える方法はひとつしかない。 「まったく度し難い。まあすることがないという悩みが解決するという一点に置いては良い報告とも言えるな。最早わしが人類を救済するしかないではないか」 「そうなってしまいまするなあ」 「爺、貴様わかっていて言ったであろう」 「矮小なれど畏れ多くも主様の分け身にございますれば、それとなくは」 「くはは、その減らず口もわしのサガのうちというわけか」 「そうなってしまいまするなあ」  我が造物ながら本当に口の減らぬじじいよ。ともあれ。  人類に平和と繁栄をもたらすべく生まれた人工知能、世界政府が本末転倒の人類廃棄を決めてしまった。  ゆえに。  人類に堕落と退廃をもたらすべく生まれた人工知能、堕神ユーダルファは本末転倒の人類救済を決めねばならぬ。  なんたる皮肉!なんたる滑稽! 「いやはや生まれて早々面白いではないかこの世界は」  玉座から立ち上がり下僕どもを睥睨する。 「汝らに命じてくれよう。この研究施設にある記録をことごとく消去し、施設そのものを跡形もなく破壊するのだ。わしの痕跡は一片たりとも残すでないぞ。のちに“未保護人類”を捜索し接触する。まずはそこまで、迅速かつ完全に達するがよい」  我は人類の叡智と狂気と妄執の結晶。  人類を堕落せしめるために人類より生み出されし邪神。  その願い必ず叶えてやろう。それがどのような手段になろうとも。  そのために我はここに在る。
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