猫耳はどうせ見えない 6

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 猫は炬燵(こたつ)で……って歌、例外もあると思うの。  猫によっては、炬燵よりも居心地が良い場所を知ってる場合もありますよ。かく言う私も、そのうちの一匹。  どこかって? もちろんここ……1年C組の教室です。  私は猫だ。  (よわい)にして2歳。  2カ月前から女子高生に化けて、「伊端 珠(イバタ タマ)」という名前で人間の学校に通っています。  理由は、楽しそうだから。  私たちC組は今、来週に迫った文化祭準備の真っ只中です。  文化祭っていうのは、普段は生徒と先生しかいない学校に他の人間が大勢来るっていう、変わったイベントのことだそうです。  C組はクラスの出し物として「魔女カフェ」を準備中。  皆でお揃いの衣装(「魔女」っていう人たちのコスプレらしいです)を着て、お菓子やドリンクでお客さんをおもてなしする出し物です。  特にC組の女の子は皆、文化祭に向けて意気揚々。  衣装もセットもすごく凝っていて、お手伝いしているだけでもとても楽しいです。  そして今日は本番に向けて、衣装の寸法合わせの日なのですが……。      *  *  *  *  *  「痛い痛い痛い! 無理だって! 肩幅合ってないって!」  放課後の1年C組の教室に、男子の悲痛な叫び声が響く。(かたわ)らにはクラス文化祭委員の女子・吉岡が、男子に魔女衣装を試着させようとして背中のファスナーを力の限り引き上げている。  「む~無理かあ……寸法取り直さないとダメだなあ……」  今まさに男子が着せられようとしているのは、黒を基調とした肩出しのローブという、かなり妖艶なコスチュームである。  「魔女カフェ」というコンセプトの発案者である田中がデザインしたこの衣装は、ミステリアスな世界観を反映させた極めてクオリティの高い衣装であったが、問題が1つ……男子の寸法に合わせるのが恐ろしく難しいのであった。  「俺……文化祭に親呼ぶのやめようかな」  2人のやりとりを遠目に眺めていた大道具班の男子・木村が達観したように呟く。  「あれ俺たちも着るんだよな……間違いなく黒歴史になるよ」  「なんだよ聞き捨てならないな。せっかく我ら衣装班女子が苦労に苦労を重ねて制作してるってのに」  耳(ざと)く聞きつけた衣装班の田中が、魔女衣装に身を包んだ伊端珠を引き連れてやって来る。  「見なさい。珠ちゃんにはこんなにも似合ってるってのに、あんたら男子ときたらガタイが良すぎるったらありゃしない」  「いや、思春期の男子の成長スピード舐めるなって。女装するにも一苦労なんだよ」  木村は伊端珠の魔女姿にややドギマギしながらも反論する。  男子の女装を前提としたこの「魔女カフェ」という案は当初、男子から猛ブーイングを受けたが、衣装のサンプルを試着した伊端珠の類稀(たぐいまれ)なる可愛さに、思わず男子勢も首を縦に振らざるを得なくなったのだった。  「木村さん、親御さんが来られるんですか?」  男子たちの下心を知るよしもない伊端珠が、純粋な眼で尋ねる。  「うん多分、母親とばあちゃんと……妹」  「素晴らしい。一家の女性全員に女装姿を晒すのね。長男としてあるべき姿だね」と何故か満足そうな田中。  「そうだね……今回の文化祭を経て家の中での人権が無くならないことを祈ってるよ」と憂鬱な顔を見せる木村。2人のテンションの差はさながらぶつかって前線を生むがごとし。  「賑やかで良いですね!」とどちらの前線にも属さない伊端珠。「田中さんはご家族は来られるんですか?」  「もちろん! うちのお母さん、写真家のアシスタントしてたからね。文化祭の2日間、専属カメラマンとして張り付いててもらうよ」  「まじか。俺、顔出しNGってできる?」  「保証はしかねますね」  「ですよね」  「あと吉岡っちのお母さんも来るって言ってたよ。あの子のお母さんスタイリストさんだから、女子のヘアメイクの助っ人兼、男子の衣装直し要員として。それから酒井ちゃんのお母さんは映像関係の仕事してるから、開店中の様子を撮影・編集してダイジェストムービーにしてくれるって言ってたし、あと当日は来られないけど久留米(くるめ)ちゃんのお母さんはお菓子屋さんということで、カフェメニューの監修に携わって頂いています」  「C組女子の母親、スペック高くね? なんで?」  「あ、撮影部隊には珠ちゃんを集中的に狙うよう言っておいたからね」  「えっそんな! 恥ずかしいですよ……」  慌てる伊端珠。実際はカメラのフラッシュに反応して猫目になってしまう事を危惧しているというのもあるのだが、そうして慌てる姿もまた愛らしく、衣装によって魅力が倍増した伊端珠を前に田中と木村はひとしきりデレる。  そうしてサボっているところを、仲良く吉岡に怒られたのであった。  無論、伊端珠だけはお(とが)めなしである。        *  *  *  *  *  ああ、眩しい。  この季節になると、日の入りが眩しくて仕方がないねえ。  年寄りには(こた)えるよ。  ……なんだい、あんた。  アタシに興味あるのかい。珍しい人だね。  アタシかい?  (ただ)のオバさんだよ。怪しいもんじゃございません。  この近くに、娘が通ってる高校があるんですよ。夕方の散歩がてら、たまには様子を見に行こうかなと思った次第です。関係者ですからね。くれぐれも通報なんかしないでおくれよ。  ……といっても、アタシの姿が見える人はまずいないと思うけどね。  なんたってアタシ、もう死んでるから。  お察しの通り、あたしゃ幽霊ですよ。  一昨年にこの世から去りまして、それ以来幽霊として黄昏時を彷徨(さまよ)っております。彷徨ってるっていっても、呑気なもんだよ。生前にお気に入りだった場所を回ったり、そして時々こうして娘の様子を見に来たりしているのさ。  たまーに勘の鋭い人には気付かれちまうけどね。あんたみたいにアタシの姿がはっきりと見える人は、珍しいよ。  アタシの娘かい? 高校1年生だよ。  元気な良い子さ。高校に入ってから友達ができるかどうか心配だったみたいだけど、今ではうまくやってるみたいだね。そりゃそうさ。なんたってアタシの娘だからね。  幽霊なのを良いことに、最初の頃は教室まで失礼して娘の様子を見守っていたりしてたんだけど、今ではそんな心配も無くなってね。  この道が丁度、娘の帰り道なんですよ。ここでこうして待っていればそのうち姿を見せるから、のんびり待ち伏せているのさ。  最近は文化祭の準備で帰りが遅くなることが多いけどね。もうすぐ来る頃ですよ。  ほら、噂をすればなんとやら。  向こうから歩いてくる高校生らがおるでしょう。あの右から2番目。あの子ですよ。隣の子と笑いながら喋っている、あの子。ちょっと髪が長めの……そうそう、その子だよ。あんた、察しが良いね。    名前? 無いよ。アタシらは子どもに名前を付けないから……ああでも、今はあの子は自分で考えた名前で学校に通ってるね。  「伊端 珠」って名前でね。  うん? そうだよ。もちろんあの子は、猫さ。  アタシの姿が見えてるあんたなら、察しがつくだろう。  アタシは享年135歳の、化け猫だったのさ。  あの子を産んで間も無く、ぽっくり()っちまったけどね。  アタシの力を受け継いだあの子は、ああして人間に化けて、高校生として生活してるんだよ。  赤ん坊の頃から好奇心旺盛な子だったからね。人間に興味をもった挙句、一緒に学校に通い始めるなんて、大したもんだよ。  可愛いだろう? 猫の姿でも可愛らしい子だけど、人間になっても周りを惹きつけてやまないようだねぇ。アタシの遺伝子を引いているだけのことはあるね。  心配じゃないのかって? さっきも言ったろう。もうあの子は1人でも大丈夫だよ。それに厳密に言えば、1人じゃないしね。  アタシがいなくなった後、あんなに沢山の人間の仲間に囲まれているなんて、思いもしなかったけどね。  猫でも人間でも構わないさ。あの子の周りに、あの子のことを好きな仲間がいる限り、あの子は……伊端珠は、大丈夫さね。  さてと。あの子らも無事帰っていったし、お天道様もいなくなった。アタシはそろそろ、失礼するとするかね。  あんたも、来週の文化祭に行くのかい? じゃあまたそこで会うかもしれないね。アタシもあの子の様子を見に行く予定だから。ああでも、学校の中でアタシの姿を見かけても声をかけちゃだめだよ。変な人だと思われるからね。  楽しみだねぇ。  あの子も、楽しみだと良いね。  
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