サンプル  シンデレラの金時計

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午後6時20分を回った。 待ち合わせは10分後。 蓮人は花束を抱きしめながらアーケードを走る。吐き出した白い息は素早く背後に流れ人の波で散っていく。 アーケードの突き当たりに近づくとバスターミナルの先、JRの駅に隣接する百貨店のビルの前に立つ巨大クリスマスツリーの姿が見えてくる。 ビルの3階の窓以上の高さまでそびえるツリーは12月だけのスポットオブジェだ。すっかりと夜が更けた街に色とりどりに光り輝くLEDは楽しげにリズムをとるように点滅している。 待ち人を探す男女がツリーの下にたむろする。蓮人はツリーの外周をぐるりと一回りしたがまだ香澄の姿は無かった。 ひとまず蓮人は胸を撫で下ろすと、緊張を解きほぐす様に深呼吸をした。 ......さあ、今夜は特別な夜だ。 これから本当の偽り無き二人の愛が始まるんだ。 蓮人はクリスマスツリーの最先端で一際目立つ大きなオーナメントの星を希望で溢れた瞳で仰ぎ見た。 「やめときなはれ。」 突然聴き慣れた声。驚いて顎を下げるとツリーのオブジェの真下に蛇が立っていた。何故かサンタの格好をしている彼は真顔で白いプラカードを上げている。 「な、何してるんですか。」 「何しとるって?見たらわかりますやろ。バイトやバイト。年末は色々入り用さかい。」 赤い三角帽子をかぶった蛇は頬を膨らませながらプラカードをクルリと裏返す。目に飛びこんだ隠れていた表面は派手なプリントの漫画喫茶の宣伝。 「新規会員様30分100円フリードリンクや。 キャンペーン中や。またよろしゅう頼みますわ。」 「......はあ。」
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